カンサス・シティ (曲)

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B面 プリーディング・アット・ミッドナイト
リリース
録音
  • 1952年8月12日
  • ロサンゼルス
「K.C.ラヴィング」
リトル・ウィリー・リトルフィールド英語版シングル
B面 プリーディング・アット・ミッドナイト
リリース
録音
  • 1952年8月12日
  • ロサンゼルス
ジャンル R&B[1]
時間
レーベル フェデラル・レコード英語版
作詞・作曲 ジェリー・リーバーとマイク・ストーラー
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カンサス・シティ」(Kansas City)は、1952年にジェリー・リーバーとマイク・ストーラーによって書かれた楽曲である。同年にリトル・ウィリー・リトルフィールド英語版によって録音された後、1959年にウィルバート・ハリスンによるカバー・バージョンが発売され、シングルチャートで第1位を獲得した。本作は、「リーバーとストーラーの最も多く録音された曲の1つで、300以上のバージョンが存在する」とされており[2]、R&Bやポップスのレコード・チャートにも度々登場している。

「カンサス・シティ」は、ロサンゼルスに住む19歳のR&Bを好むジェリー・リーバーマイク・ストーラーの2人によって書かれた楽曲。2人ともカンザスシティを訪れたことはなかったが、ビッグ・ジョー・ターナーのレコードに触発されて本作を書いた[3]

プロデューサーのラルフ・バス英語版とのつながりで、2人は西海岸のR&B歌手であるリトル・ウィリー・リトルフィールド英語版のために「カンサス・シティ」を書き下ろした[2]。曲のメロディーをめぐって、当初伝統的なブルースを好んでいたリーバーと、個性的なボーカルラインを望んでいたストーラーとの間で意見の相違があったが、最終的にストーラーの意見が通った[2]。アレンジはマックスウェル・デイヴィスが手がけており、デイヴィスはテナー・サックスの演奏も担当している[2]。リトルフィールドは、1952年にロサンゼルスで本作のレコーディングを行なった。その後バスによって、タイトルを「K.C.ラヴィング」(K.C. Loving)に変更された[4]。同年にフィデラル・レコードからシングル盤として発売されたが、シングルチャート入りすることはなかった[5]

リトル・リチャードによるカバー

1955年にリトル・リチャードは、2つのバージョンの「カンサス・シティ」を録音しており、いずれも数年後に発売された[6]。1つ目のバージョンは原曲に近いアレンジで、1970年11月に発売されたコンピレーション・アルバム『Well Alright!』に収録された。2つ目のバージョンはリチャードによって大幅に作り直されたアレンジで、「Hey, hey, hey, hey; Hey baby, hey child, hey now」というフレーズから始まるリフレインが強調されている。このアレンジは、1958年末に発売されたアルバム『ザ・ファビュラス・リトル・リチャード英語版』に収録され、1959年4月にシングル盤として発売された[7]。シングル盤は、全英シングルチャートで最高位26位を獲得した[8]

1956年5月9日にリチャードは、6か月前に録音した「カンサス・シティ」の第2バージョンの一部分と似た「ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ」のレコーディングを行なった。同作は1958年1月にシングル盤『グッド・ゴーリー・ミス・モリー英語版』のB面曲として発売され、同年7月に発売されたアルバム『リトル・リチャード英語版』に収録された[7]

ウィルバート・ハリスンによるカバー

「カンサス・シティ」
ウィルバート・ハリスンシングル
B面 リスン・マイ・ダーリン
リリース
規格 7インチシングル
録音
ジャンル
時間
レーベル フューリー英語版
作詞・作曲 ジェリー・リーバーとマイク・ストーラー
プロデュース ボビー・ロビンソン
チャート最高順位
後述を参照
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リトルフィールドの「K.C.ラヴィング」を数年にわたって演奏していたウィルバート・ハリスンは、1959年に本作のレコーディングを行なうことを決めた。リチャートによるカバー・バージョンの発売後の1959年3月、ニューヨークにあるスタジオでフューリー英語版ボビー・ロビンソン英語版のプロデュースのもと、ハリスンはギタリストのワイルド・ジミー・スプルーイル英語版を含む3人で、レコーディングを行なった[9]。同年末にフューリー・レコードからシングル盤として発売された。

曲のアレンジは、リトルフィールドによる演奏とほぼ変化はないが、スプルーイルが演奏するリズムギターとギターソロによるシャッフル・グルーヴが特徴となっている[3][10]。ハリスンによるカバー・バージョンは、元のタイトルである「カンサス・シティ」で発売されたが、リフレインの歌詞が「They got some crazy little women there, and I'm gonna get me one」に変更されている[4]

ハリスンによるカバー・バージョンは、『ビルボード』誌が発表したBillboard Hot 100ビルボード・ホットR&B/ヒップホップ・ソングス・チャートで7週連続で第1位を獲得し[11]、1959年最も売れたレコードの1つとなった[12]。なお、同作はアメリカでSP盤としてリリースされた最後の作品となった[13]

1960年にはハリスンによる本作のアンサーソングGoodbye Kansas City」が発表された[14]

チャート成績

チャート (1959年)最高位
ベルギー (Ultratop 50 Flanders)[15]18
ベルギー (Ultratop 50 Wallonia)[16]24
US Billboard Hot 100[17] 1
US Hot R&B / Hip-Hop Songs (Billboard)[11] 1

ビートルズによるカバー

「カンサス・シティ/ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ
ビートルズシングル
初出アルバム『ビートルズ・フォー・セール
B面 アイル・フォロー・ザ・サン
リリース
録音
ジャンル ロックンロール
時間
レーベル 日本の旗 オデオン / 東芝音楽工業
作詞・作曲
  • ジェリー・リーバーとマイク・ストーラー(カンサス・シティ)
  • リチャード・ペニーマン(ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ)
プロデュース ジョージ・マーティン
チャート最高順位
ビートルズ シングル 日本 年表
ビートルズ・フォー・セール 収録曲
ミスター・ムーンライト
(A-6)
カンサス・シティ/ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ
(A-7)
エイト・デイズ・ア・ウィーク
(B-1)
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ビートルズは、ハンブルクに滞在していた1961年春より「カンサス・シティ」を演奏していて、1964年10月にリトル・リチャードによるカバー・バージョンを基にレコーディングを行なった[19]

背景

ポール・マッカートニーが本作を知ったのは、1959年前半にリチャードによるカバー・バージョンの7インチシングル盤がイギリスで再発売されたときだった。マッカートニーはリチャードによる演奏を敬っていたが、ウィルバート・ハリスンのバージョンは知らなかった[20]。1960年初夏に本作を初めて演奏しており、マッカートニーがメモ用紙に書き写したセットリストから確認できる[21]

1961年6月に行なわれたトニー・シェリダンとのレコーディング・セッションで本作を録音したとされている[22][23]。1962年8月22日にビートルズはテレビ初出演を果たし、キャヴァーン・クラブで「サム・アザー・ガイ」と「カンサス・シティ/ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ」を演奏した[24]。この時の演奏について、ビートルズの歴史家であるマーク・ルイソン英語版は「印象的」[25]とし、「高音パートが2分半の間、大きく、強く、メロディックに、豪快に歌われている」[26]と評している。1962年12月のハンブルクのスター・クラブ公演でも演奏されており[27]、当時の演奏が1977年に発売された『デビュー! ビートルズ・ライヴ'62』に収録されている[28]。1963年7月16日にBBCラジオの番組用にメドレー曲の録音が行なわれており、1994年に発売された『ザ・ビートルズ・ライヴ!! アット・ザ・BBC』に当時の演奏が収録されている[29]。同作に収録された演奏について、音楽評論家のイアン・マクドナルド英語版は「力強いマッカートニーのボーカルと攻撃的なハリスンのソロをフィーチャーした、一般的には凡庸といえるコレクションのハイライトの1つ」と評している[30]

スタジオでのレコーディングが行われる1か月前、ビートルズは1964年9月17日にカンザスシティ・ミュニシパル・スタジアムで行なわれたライブで、本作を演奏している[31][32]。マクドナルドは「この曲が引き起こした反応によって、LPに収録されることが確実となった」と述べている[33]

レコ―ディング

1964年のイギリスツアーの休日となった10月18日、ビートルズはメドレー「カンサス・シティ/ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ」のレコーディングを行なった[34]。リハーサル時にマッカートニーにとって歌いにくいパートが存在していた。後にマッカートニーは、ジョン・レノンの「君ならもっと上手くできるはずだ」という言葉に励まされたと明かしている[35]。2テイク録音され、テイク1がベストとされている[34]。それぞれのテイクでジョージ・ハリスンのギターソロのフレーズが異なっている[36]。本作のレコーディングで、ハリスンはグレッチの6122 Country Gentlemanを使用し、レノンは1958年製のリッケンバッカー・325カプリを使用した[37]。プロデューサーのジョージ・マーティンによってピアノのパートが加えられている[37]が、ルイソンはピアノのパートについて「レコードではほとんど認識できない」と述べている[34]。10月26日にマーティンは、エンジニアのノーマン・スミスやトニー・クラークとともに、モノラル・ミックスとステレオ・ミックスを作成した[38]

マクドナルドは、ビートルズによるカバー・バージョンについて「ビートルズの最高のカバーの1つ」と評している[39]

リリース

ビートルズによるカバー・バージョンは、1964年12月4日に発売されたイギリス盤公式オリジナル・アルバム『ビートルズ・フォー・セール』に収録され、アメリカでは翌年の1965年6月14日に『ビートルズ VI』の収録曲として発売された[33]。また、キャピトル・レコードの「スターライン」シリーズの一環として、1965年10月にB面に「ボーイズ」を収録したシングル盤が発売された[40]。また、日本では1965年3月15日にB面に「アイル・フォロー・ザ・サン」を収録したシングル盤が発売されている。

1995年に発売された『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』にテイク2が収録されているが[41]、マーティンによってオーバー・ダビングされたピアノのパートは含まれていない[30]。1962年12月のハンブルク公演でのライブ音源は、1977年に発売された『デビュー! ビートルズ・ライヴ'62』に収録されている[28]

クレジット

※出典[42]

ジェームズ・ブラウンによるカバー

「カンサス・シティ」
ジェームズ・ブラウンシングル
B面 ストーン・フォックス
リリース
ジャンル R&B
時間
レーベル キング・レコード英語版
作詞・作曲 ジェリー・リーバーとマイク・ストーラー
プロデュース ジェームズ・ブラウン
ジェームズ・ブラウン シングル 年表
  • カンサス・シティ
  • (1967年)
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ジェームズ・ブラウンは、1967年に「カンサス・シティ」のレコーディングを行なった。同年にシングル盤として発売され、『ビルボード』誌のR&Bチャートで最高位21位、Hot 100シングルチャートで最高位55位を獲得した[43]。1975年に発売されたアルバム『ハッスル&ダブル・バンプ英語版』には、7分以上におよぶ本作のジャムが収録されている[44]

ライブで演奏されたこともあり、『ライヴ・アット・ジ・アポロ Vol.II英語版』(1968年)や『セイ・イット・ライヴ・アンド・ラウド英語版』(1998年)などのライブ・アルバムにライブ音源が収録されている。

文化的影響など

2001年、ウィルバート・ハリスンの「カンサス・シティ」がグラミーの殿堂入りを果たし[45]ロックの殿堂が選ぶ「500 Songs That Shaped Rock」にも含まれた[46]

2005年、カンザスシティは本作を公式ソングとして採用し、Goin' To Kansas City Plazaに捧げられた[47]

上記のアーティストの他にも、トリニ・ロペスハンク・バラード英語版ファッツ・ドミノなど多数のアーティストによってカバーされており[48]、1963年に発売されたロペスによるカバー・バージョンは、アメリカのBillboard Hot 100で最高位23位[49]、イギリスの全英シングルチャートで最高位36位[50]、ベルギーのUltratop Singles Top 50で最高位8位[51]を獲得した。

脚注

参考文献

外部リンク

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