キーンランドスワン

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欧字表記 Keeneland Swan[1]
性別 [1]
キーンランドスワン
欧字表記 Keeneland Swan[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 栗毛[1]
生誕 1999年2月17日[1]
抹消日 2008年3月26日(JRA)[2]
2008年9月26日(NAR)[3]
Distant View[1]
To Act[1]
母の父 Roberto[1]
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国[1]
生産者 Jim Ryan & Geraldine Ryan[1]
馬主 平井豊光[1]
調教師 森秀行栗東
伊藤強一笠松
[1]
調教助手 新谷功一[4]
競走成績
生涯成績 52戦8勝[1]
獲得賞金 3億0128万8000円[1]
勝ち鞍
GIIIシルクロードステークス2004年
GIII阪急杯2005年
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キーンランドスワン (: Keeneland Swan) [1]は、日本競走馬。主な勝ち鞍に2004年シルクロードステークス2005年阪急杯

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2001年11月3日、京都競馬場の新馬戦でデビューし、1着。続く500万下特別のかえで賞も勝って2連勝とするが、その後しばらくの間は、2002年4月の橘ステークスでのサニングデールの2着の成績があるものの、勝てない成績が続く。8月新潟競馬場の驀進特別で3勝目、秋に1600万下戦の白秋ステークス2着から出走のアンドロメダステークスで、格上挑戦でオープン勝ちし、CBC賞5着を挟んで2003年初戦の淀短距離ステークスでオープン2勝目を挙げるが、直後から約1年の戦線離脱を余儀なくされる。2004年の淀短距離ステークスで復帰して6着としたあと、アンドレアス・スボリッチを鞍上にシルクロードステークスに出走し、サーガノヴェル、サニングデールらを破って初重賞勝ちをおさめた[6][7]。続く高松宮記念でもサニングデールの3着とし、秋にセントウルステークスでゴールデンキャストの2着に入った後の4戦は6着以下の成績が続いたが、2005年の3戦目阪急杯で逃げたカルストンライトオを差し切って重賞2勝目[8]。高松宮記念でもアドマイヤマックスの2着に入った[9]

4月に入り、プレシャスカフェとともにゴールデンジュビリーステークスへの予備登録を行い[10]、のちにジュライカップへの出走予定も明らかになった[11]京王杯スプリングカップ10着後に渡英し、ゴールデンジュビリーステークスはケープオブグッドホープの10着[12]、ジュライカップはパストラルパースーツの12着であった[13]。帰国後は芝の短距離重賞に加え短距離の交流重賞にも出走したが勝てず、2006年のスプリンターズステークス10着後に障害競走に転じるが、障害では4戦して3着が2回と勝てず、2008年3月26日付でJRAの登録を抹消され[2]笠松競馬場伊藤強一厩舎に移籍[14]。笠松では移籍初戦の名港盃は最下位に終わったが、2戦目の葉月特別を勝ち、これが最後のレースとなった。

2008年9月26日に地方競馬の登録を抹消されたのち[3]三重県乗馬となり、2009年4月には静岡県牧之原市で開催された草競馬大会にも出場した[15]2019年時点では大阪府の服部緑地乗馬センターに繋養されている[16]

競走成績

血統表

脚注

外部リンク

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