平井豊光
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馬主活動

日本中央競馬会および地方競馬全国協会の馬主として知られた。勝負服の柄は赤、黒縦縞、黒袖、冠名は主に「エイシン」(英語表記は「Eishin」)を用いた。ほか、外国産牝馬には「ガール」、1999年産の外国産馬には「スワン」、地方競馬でデビューした馬には「エーシン」[注 1]なども冠名として用いた。
2011年時点で中山馬主協会の参与[6]となっており、東日本大震災の際には被災地へ義援金500万円を寄付した[6]。
弟で、栄進堂監査役の平井泰男、長男[4][7]の平井宏承も馬主である。また、次男で栄進堂代表取締役社長[7][8]の平井克彦も馬主であり、豊光の死後にエイシンフラッシュなどの所有馬を馬主登録を承継する形で引き継いでいる。なお、エイシンオスマンなど栄進堂名義に変更された馬も一部いる[注 2]。
オーナーブリーダーとして
→「栄進牧場」も参照
1978年[9]に栄進牧場を開設[1]しオーナーブリーダーとしても活動していた。外国産の牝馬を多く所有し、引退後に同牧場で繁殖入りさせることで日本国外の血統を積極的に国内へ取り入れている。そのため、競走馬としての実績がなくても繁殖入りしている馬もいる。また、登録抹消後に日本国外へ再輸出して繁殖入りさせるケースもある(日本で交配してから輸出するケースもある)。
ほか、外国産馬以外では、不出走に終わったエイシンサンディをサンデーサイレンス産駒という理由で種牡馬入りさせた(繋養先はレックススタッド)。エイシンサンディはミツアキサイレンスなどの活躍馬を出し、一定の成功を収めた。