ジム・ホイットニー

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ジム・ホイットニー
Jim Whitney
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州コンクリン
生年月日 1857年11月10日
没年月日 (1891-05-21) 1891年5月21日(33歳没)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
172 lb =約78 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手外野手
初出場 1881年5月2日
最終出場 1890年7月16日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジェームス・エバンズ・ホイットニー(James Evans Whitney 、1857年11月10日 - 1891年5月21日)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州コンクリン出身のプロ野球選手投手外野手)。右投げ左打ち。

ニックネームは"Grasshopper Jim"(グラスホッパー・ジム)。現在のアトランタ・ブレーブスなどで10年間活躍、1881年ナショナルリーグ最多勝利投手。

1881年に投手としてボストン・レッドキャップス(現アトランタ・ブレーブス)に入団する。外野手もこなす長身で細身の選手で、外野を駆け回る姿から「グラスホッパー」(=バッタ)のあだ名がついた。同年31勝を挙げてナショナルリーグの最多勝利投手となったが、これはこの年ホイットニーが他のどの投手よりも多く投げたためでもある。チームの全83試合のうち66試合に登板したホイットニーは、先発数、完投数、投球回、被安打、与四球、敗戦数などでリーグ1位の記録を残した。またこの年の暴投数は46にもなり、1883年まで3年続けてリーグ最多の暴投数を記録する。

最も活躍した1883年には37勝21敗の成績で、リーグ最多の345奪三振を挙げ、チームのリーグ優勝に貢献した。しかし5年目の1885年に、18勝32敗と大きく成績を落としてボストンを去ることになる。

その後いくつかの球団を渡り歩き、現役最後の1890年にはアメリカン・アソシエーションのフィラデルフィアでプレーした。野球選手としてはこの年が最後で、翌1891年5月にはニューヨーク州ビンガムトンで若くして亡くなっている。

詳細情報

関連項目

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