ジャスト・ワン・ルック

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B面 ボサノヴァ・ブルース
Bossa Nova Blues
リリース
録音 1963年[1]
「ジャスト・ワン・ルック
Just One Look
ドリス・トロイシングル
B面 ボサノヴァ・ブルース
Bossa Nova Blues
リリース
規格 シングル盤
録音 1963年[1]
ジャンル リズム・アンド・ブルース
時間
レーベル アトランティック
作詞・作曲 グレゴリー・キャロル英語版
ドリス・ペイン
プロデュース アーティー・リップ英語版[1]
ドリス・トロイ シングル 年表
ホワット・ア・ワンダフル・ラヴァ―
What a Wonderful Lover
1960年
ジャスト・ワン・ルック
Just One Look

1963年
ワッチャ・ゴナ・ドゥ・アバウト・イット英語版
What'cha Gonna Do About It
1963年
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ジャスト・ワン・ルック」("Just One Look")はアメリカのリズム・アンド・ブルースの歌手ドリス・トロイグレゴリー・キャロル英語版が共作した曲。ドリス・トロイによる録音は1963年にヒットした。ホリーズアン・マレー、そしてリンダ・ロンシュタットもこの曲を録音し、それぞれにとってのヒット曲にした。また、それら以外にもこの曲のさまざまなバージョンがある。

背景

ドリス・トロイによるバージョンがアトランティック・レコードからリリースされた経緯の詳細には複数の説がある。書籍 Billboard Book of One-Hit Wonders によれば[2]ジェームス・ブラウンが(当時の芸名のドリス・ペインとして)ナイトクラブで歌うトロイを見て、アトランティックに紹介したとのことである[3]Soulful Divas に記述されたより近年の詳細な話としては[4]、ペインがこの曲のデモテープを録音し、最初はス―・レコードに持ち込んだが、反応が芳しくなかったことからアトランティックのジェリー・ウェクスラーに持ちかけ、アトランティックはデモ音源をそのままリリースしたと言う。この曲の参加ミュージシャンはピアノにアーニー・ヘイズ、ギターにウォーリー・リチャードン、ベースがボブ・ブッシュネル英語版でドラムスはバーナード・パーディとなっている[5]

シングルが初めてリリースされた時には彼女は芸名として「ドリス・トロイ」を使い始めていたが、筆名としてはドリス・ペインのままだった[3]。アルバムのソングライターのクレジットの苗字はペインとなっている。

評価

1963年、ドリス・トロイは「ジャスト・ワン・ルック」で全米ビルボード・ホット100チャートでの唯一のヒットを記録した。14週間に渡ってホット100チャートに留まり、最高で10位に達し[6]ビルボード誌ホットR&Bシングル・チャートでは3位を獲得するとともに[7]、ニューヨークの "Lever Hit Parade" で8位に[8]、カナダのCHUMヒットパレードでは1位に輝いた[9]。この曲はキャッシュボックス誌のトップ100でも Andy and the mrglows によるバージョンと共に9位となり、トロイのバージョンはベストセラーとなった[10]

この曲はビルボードの「1963年トップ・レコード」では70位となり[11]キャッシュボックスの「1963年のトップ100チャート」でも80位に[12]、ビルボードの「1963年のトップR&Bシングル」チャートでは11位を記録した[13]

チャートでの成績

テレビCMでの使用

この曲のドリス・トロイのバージョンは、シンディ・クロフォードが出演した1991年のペプシのコマーシャルで使用され、2001年の第35回スーパーボウルの期間にも放送された[15]。引き続きシンディ・クロフォードが出演し、トロイのバージョンの曲が使用された更新版の広告は2002年に放送された[16]。2015年、この曲のトロイのバージョンがアスパルテーム無添加のダイエット・ペプシの広告で使用された[17]。この曲は1979年から1980年前半にかけてマツダのコマーシャル・シリーズで使用されたが、広告では異なるバージョンの録音が使用された[18][19][20]

ホリーズのバージョン

「ジャスト・ワン・ルック」
ホリーズシングル
初出アルバム『ヒア・アイ・ゴー・アゲイン英語版
B面 Keep Off That Friend of Mine
リリース
録音 1964年1月27日
EMIレコーディング・スタジオ[21]
ジャンル ロック
時間
レーベル パーロフォン
作詞・作曲 グレゴリー・キャロル英語版
ドリス・ペイン
ホリーズ シングル 年表
Stay
1963年
Just One Look
1964年
Here I Go Again
1964年
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背景

「ジャスト・ワン・ルック」はホリーズによってカバーされてイギリスでヒットし、1964年4月に Record Retailer のチャートで2位に達した[22]。これはこの年の37番目のビッグヒットとなった[23]。オリジナルのリリースが米国でメジャーなヒットとはならなかったにもかかわらず、ホリーズの「ジャスト・ワン・ルック」はビルボード ホット100に98位となり、ホリーズをチャートに初登場させた[24]。1967年に米国で再発売されると、ビルボード ホット100で44位になった[25]

チャートでの成績

週間チャート

チャート(1964年) 最高
順位
オーストラリア 29
アイルランド (Evening Press)[26] 6
ニュージーランド (Lever Hit Parade)[27] 4
ノルウェイ (VG-lista)[28] 11
スウェーデン 8
英国 (Record Retailer) 2
チャート(1967年) 最高
順位
カナダ (RPM 100)[29] 30
アメリカ (ビルボード ホット100)[25] 44

アン・マレーのバージョン

背景

アン・マレーは自身の1974年のアルバム『ラヴ・ソング英語版』で「ジャスト・ワン・ルック」をリメイクした。この曲はブライアン・エイハーン英語版によってプロデュースされ、同年10月にシングルとして発売された。マレーによるカバーはカナダのRPM誌トップ・シングル・チャートで11位に達し[30]、カナダのCHUM 30では12位となり[31]、米国のビルボード ホット100チャートに2週間留まり、86位に到達した[32]。ビルボードのイージーリスニング・チャートでは50位を記録した[33][34]

この曲のB面の「サン・オブ・ア・ロトン・ギャンブラー英語版」は、1974年にRPM誌のアダルト・コンテンポラリー・チャートで1位となり[35]、同誌のカントリー・チャートでは3位となった[36]

リンダ・ロンシュタットのバージョン

「ジャスト・ワン・ルック」
リンダ・ロンシュタットシングル
初出アルバム『ミス・アメリカ
B面 やさしく愛して
リリース
規格 シングル盤
録音 1978年
ジャンル ロック
時間
レーベル アサイラム・レコード
作詞・作曲 グレゴリー・キャロル英語版
ドリス・ペイン
プロデュース ピーター・アッシャー
リンダ・ロンシュタット シングル 年表
ウー・ベイビー・ベイビー
1978年
ジャスト・ワン・ルック
1979年
アリソン
1979年
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背景

リンダ・ロンシュタットは「ジャスト・ワン・ルック」を自身の1978年のアルバム『ミス・アメリカ』でリメイクした。ロンシュタットによるカバーはアルバムからの3枚目のシングルとして1979年1月23日にピーター・アッシャーによるプロデュースでアサイラム・レコードから発売された。ロンシュタットのシングルはビルボード ホット100チャートに8週間留まり、44位に達するとともに[37]、ビルボード誌のイージーリスニング・チャートでは5位に到達した[38][39]。この曲はキャッシュボックス誌のトップ100でも最高で46位とない[40]レコード・ワールド誌英語版のシングルチャートでは54位となった[41]

チャートでの成績

週間チャート

チャート(1979年) 最高
順位
オーストラリア[42] 38
カナダ RPM 100シングル[43] 46
カナダ RPM アダルト・コンテンポラリー・[44] 4
全米 ビルボード ホット100 [37] 44
全米 ビルボード イージーリスニング[38] 5
全米 キャッシュボックス トップ100[40] 46
全米 レコード・ワールド誌英語版 シングル[41] 54

年間チャート

チャート(1979年) 順位
全米ビルボード ホット100[45] 256

その他のバージョン

関連項目

脚注

外部リンク

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