ジャン=バティスト・デスデバンの肖像
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| フランス語: Portrait de Jean-Baptiste Desdéban 英語: Portrait of Jean-Baptiste Desdéban | |
| 作者 | ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル |
|---|---|
| 製作年 | 1810年 |
| 種類 | 油彩、キャンバス |
| 寸法 | 63.5 cm × 49 cm (25.0 in × 19 in) |
| 所蔵 | ブザンソン美術考古博物館、ドゥー県ブザンソン |
『ジャン=バティスト・デスデバンの肖像』(ジャン=バティスト・デスデバンのしょうぞう、仏: Portrait de Jean-Baptiste Desdéban, 英: Portrait of Jean-Baptiste Desdéban)は、フランス新古典主義の巨匠ドミニク・アングルが1810年に制作した肖像画である。油彩。アングル初期のイタリア時代の作品で、若い建築家ジャン=バティスト・デスデバンを描いている。現在はフランス東部ドゥー県のブザンソン美術考古博物館に所蔵されている[1][2][3][4][5]。
作品

アングルは若い建築家デスデバンを胸像として描いた。デスデバンは白いシャツの上に茶色のコートを羽織り[5]、左腕を何かの上に置き、画面左を向いて完全な横顔を鑑賞者に見せている。全体的に大雑把に描かれたスケッチのような作品であるが、デスデバンの横顔は衣服よりも精緻に描かれている[5]。画面は赤い下地で下塗りされている。下塗りは伝統的な手法が用いられており、その痕跡は画面全体に残されている。デスデバンの横顔の洗練された立体表現と荒いタッチで描かれた白いシャツは、暗い背景やスケッチされた黒い輪郭線と劇的なコントラストを生み出している[1]。このアングルの自由な即興的な描きぶりと未完成のように見える仕上がりは、肖像画制作の依頼を受けて描かれた作品というより、両者の友情から生まれた非公式な作品であることを示唆する。実際にアングルのこのような作風の肖像画は非公式な性質の作品にしばしば見られる[1][2]。横顔という選択は極めて古風であるにもかかわらず[2][5]、その描きぶりゆえに非常に近代的な印象を与える[2]。
図像的にはアングル初期のいくつかの作品と関連づけられている。浅い奥行の画面空間と像主の頭部を厳格な横顔で捉えた構図は、アングルがジャック=ルイ・ダヴィッドのもとで学んでいたときに制作したアカデミックな習作や、ローマ留学時代の課題として制作したグラネ美術館所蔵の『横顔で座る男の習作』(Étude d'homme assis de profil, 1808年頃)を思い起こさせる。またデスデバンの横顔はアングルがローマ時代初期に描いたいくつかの素描作品を彷彿とさせ、特に1810年に描かれた『アンドレ=マリー・シャティヨンの肖像』(Portrait d'André-Marie Chatillon)のコンセプトとよく似ている[1]。
アングルの弟子イポリット・フランドランは1864年1月に当時肖像画を所有していた80代の彫刻家ポール・ルモワーヌを訪ね、そこで見た肖像画について兄弟のポール・フランドランに宛てた手紙で次のように記している。
後に肖像画を所有した画家のジャン・ジグーは老齢のアングルがパリのヴォルテール河岸にある下宿部屋を訪れ、2枚の肖像画を見たときのことを1885年の自伝『私の時代の芸術家についての談話』(Causeries sur les artistes de mon temps)の中で回想している。デスデバンの肖像画を見るとアングルは「ああ! デスデバンだ!」と叫んだ。
フランドランはローマで毎日この絵画を見に行っていました。私がこれまでに描いた中で最高のものです! — ジャン・ジグー『私の時代の芸術家についての談話』 [1]
来歴
ギャラリー
- アングルの関連作品
- 『横顔で座る男の習作』1808年 グラネ美術館所蔵
- 『シャルル・マルコット・ダルジャントゥイユの肖像』1811年 アングル・ブールデル美術館所蔵[7]
- 『ポール・ルモワーヌの肖像』1810年-1811年頃 ネルソン・アトキンス美術館所蔵