ジャン=バティスト・デスデバンの肖像

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製作年1810年
寸法63.5 cm × 49 cm (25.0 in × 19 in)
『ジャン=バティスト・デスデバンの肖像』
フランス語: Portrait de Jean-Baptiste Desdéban
英語: Portrait of Jean-Baptiste Desdéban
作者ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル
製作年1810年
種類油彩キャンバス
寸法63.5 cm × 49 cm (25.0 in × 19 in)
所蔵ブザンソン美術考古博物館ドゥー県ブザンソン

ジャン=バティスト・デスデバンの肖像』(ジャン=バティスト・デスデバンのしょうぞう、: Portrait de Jean-Baptiste Desdéban, : Portrait of Jean-Baptiste Desdéban)は、フランス新古典主義の巨匠ドミニク・アングルが1810年に制作した肖像画である。油彩。アングル初期のイタリア時代の作品で、若い建築家ジャン=バティスト・デスデバンフランス語版を描いている。現在はフランス東部ドゥー県ブザンソン美術考古博物館に所蔵されている[1][2][3][4][5]

ジャン=バティスト・デスデバンは1781年にパリで生まれた。新古典主義の建築家シャルル・ペルシエ英語版アントワーヌ=ローラン・ヴォードワイエ英語版に師事した。1806年にローマ賞を受賞したことにより、アングルと同じ1806年にローマ留学を果たした。本作品が描かれたのはこの頃である[1]。しかしそれからしばらくしてデスデバンは精神を病んだため帰国。この短い期間についてのアングルとデスデバンの関係を物語るものはこの肖像画を除いてほとんどない[1]。デスデバンはその後回復して建築家としての職を得る。1849年死去。

作品

額縁

アングルは若い建築家デスデバンを胸像として描いた。デスデバンは白いシャツの上に茶色のコートを羽織り[5]、左腕を何かの上に置き、画面左を向いて完全な横顔を鑑賞者に見せている。全体的に大雑把に描かれたスケッチのような作品であるが、デスデバンの横顔は衣服よりも精緻に描かれている[5]。画面は赤い下地で下塗りされている。下塗りは伝統的な手法が用いられており、その痕跡は画面全体に残されている。デスデバンの横顔の洗練された立体表現と荒いタッチで描かれた白いシャツは、暗い背景やスケッチされた黒い輪郭線と劇的なコントラストを生み出している[1]。このアングルの自由な即興的な描きぶりと未完成のように見える仕上がりは、肖像画制作の依頼を受けて描かれた作品というより、両者の友情から生まれた非公式な作品であることを示唆する。実際にアングルのこのような作風の肖像画は非公式な性質の作品にしばしば見られる[1][2]。横顔という選択は極めて古風であるにもかかわらず[2][5]、その描きぶりゆえに非常に近代的な印象を与える[2]

図像的にはアングル初期のいくつかの作品と関連づけられている。浅い奥行の画面空間と像主の頭部を厳格な横顔で捉えた構図は、アングルがジャック=ルイ・ダヴィッドのもとで学んでいたときに制作したアカデミックな習作や、ローマ留学時代の課題として制作したグラネ美術館所蔵の『横顔で座る男の習作』(Étude d'homme assis de profil, 1808年頃)を思い起こさせる。またデスデバンの横顔はアングルがローマ時代初期に描いたいくつかの素描作品を彷彿とさせ、特に1810年に描かれた『アンドレ=マリー・シャティヨンの肖像』(Portrait d'André-Marie Chatillon)のコンセプトとよく似ている[1]

アングルの弟子イポリット・フランドランは1864年1月に当時肖像画を所有していた80代の彫刻家ポール・ルモワーヌフランス語版を訪ね、そこで見た肖像画について兄弟のポール・フランドランに宛てた手紙で次のように記している。

彼は様々な時期にローマで過ごした芸術家たちから譲り受けた多くの作品・・・中でも特に当時の建築家デスデバンを描いたアングル氏による肖像画を見せてくれました。肖像画の大部分は単なるスケッチに過ぎませんが、顔は完成しており、類いまれな繊細さ、しなやかさ、美しさを備えています。ああ! アングル氏は再びこの作品を見てきっと喜んでくれると私は思いますし、ルモワーヌ氏が所有する他のすべての芸術作品と一緒にキャンバスをパリに送ることを考えているので、アングル氏はそれを目にすることができるでしょう。1864年1月28日付のイポリット・フランドランからポール・フランドランへの手紙 [1]

後に肖像画を所有した画家のジャン・ジグーは老齢のアングルがパリのヴォルテール河岸英語版にある下宿部屋を訪れ、2枚の肖像画を見たときのことを1885年の自伝『私の時代の芸術家についての談話』(Causeries sur les artistes de mon temps)の中で回想している。デスデバンの肖像画を見るとアングルは「ああ! デスデバンだ!」と叫んだ。

フランドランはローマで毎日この絵画を見に行っていました。私がこれまでに描いた中で最高のものです!ジャン・ジグー『私の時代の芸術家についての談話』 [1]

来歴

アングルはおそらくフィレンツェに移る1819年以前に、デスデバン本人ではなく同じくローマに住んでいた共通の友人である彫刻家ポール・ルモワーヌにデスデバンの肖像画を贈った。ルモワーヌは1865年4月3日にパリのオテル・ドゥルオー英語版競売で売却し(ロット番号66)、画家ジャン・ジグーが購入した。その後、ジグーは1894年にブザンソン市に遺贈した[1]

ギャラリー

アングルの関連作品

脚注

参考文献

外部リンク

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