ナンニ・ギャリ
From Wikipedia, the free encyclopedia
経歴
ボローニャ出身[2]。おもにアルファロメオのワークス・チームで活動した。
スポーツカー

1968年のムジェロ・サーキットでのレースで優勝、タルガ・フローリオにイグナツィオ・ギュンティと組んで出走し、2位表彰台を獲得。ル・マン24時間にアルファロメオ・ティーポ33/2で出走して4位入賞した。
1969年のル・マン24時間レースのみマトラからエントリーして7位で完走した。
1970年のル・マン24時間レースはロルフ・シュトメレンとティーポ33/3で参戦するが、マシントラブルでストップしたあと押しがけを行ってコースに戻ったとして失格になった[3]。
F1

1970年、地元のイタリアグランプリにアルファロメオのエンジンを搭載したマクラーレンでデビューするが、予選落ちした。
1971年にやはりアルファのエンジンを乗せたマーチ711で出走した。

1972年は新チームのテクノに加入。非選手権レースのイタリア共和国グランプリ(ヴァレルンガ)で3位表彰台に立つが、選手権では成績を残せなかった。フランスグランプリではパドックでサッカーをして[4]腕を骨折したクレイ・レガツォーニの代役としてフェラーリをドライブした。
1973年はフランク・ウィリアムズのチームイソ・マールボロに移籍するが、モナコグランプリを最後に引退した。
戦績
F1世界選手権
| 年 | 所属チーム | シャシー | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | WDC | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1970年 | マクラーレン | M7D | RSA | ESP | MON | BEL | NED | FRA | GBR | GER | AUT | ITA DNQ |
CAN | USA | MEX | NC | 0 | ||
| 1971年 | マーチ | 711 | RSA | ESP | MON DNQ |
NED Ret |
FRA DNS |
GBR 11 |
GER 12 |
AUT 12 |
ITA Ret |
CAN 16 |
USA Ret |
NC | 0 | ||||
| 1972年 | マルティーニ (テクノ) | PA123 | ARG | RSA | ESP | MON | BEL Ret |
GBR Ret |
GER | AUT NC |
ITA Ret |
CAN | USA | NC | 0 | ||||
| フェラーリ | 312B | FRA 13 |
|||||||||||||||||
| 1973年 | イソ・マールボロ (ウィリアムズ) | FX3B | ARG Ret |
BRA 9 |
RSA | NC | 0 | ||||||||||||
| IR | ESP 11 |
BEL Ret |
MON Ret |
SWE | FRA | GBR | NED | GER | AUT | ITA | CAN | USA | |||||||
ル・マン24時間レース
| 年 | クラス | 号車 | チーム | コ・ドライバー | マシン | 周回 | 順位 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1968年 | P2.0 | 39 | アルファロメオ33/2 | 322 | 4位 | ||
| 1969年 | P3.0 | 35 | マトラ・MS630/650 | 330 | 7位 | ||
| 1970年 | P3.0 | 35 | アルファロメオ・33/3 | 220 | 失格 | ||
| 1972年 | S3.0 | 19 | アルファロメオ・33TT3 | 263 | リタイヤ | ||