パソコンサンデー

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パソコンサンデー
Pasocon Sunday
ジャンル 情報番組
構成 腰山一生、纐纈幸博
関秀章、儀賀保秀
川崎良
演出 田淵盛之
出演者 小倉智昭
萩尾みどり
大和田獏
斉藤とも子
下條アトム
坂上味和
山下章
高橋雄一
貴倉良子
目黒祐子
三波豊和
白石まるみ
宮永好道シャープ顧問)
藤森涼子
ほか
オープニング 「Gun-Do」(姫神せんせいしょん
国・地域 日本の旗 日本
言語 日本語
製作
プロデューサー 大原詔久、松原孝司
撮影地 渋谷ビデオスタジオ
編集 三友VTC
オムニバス・ジャパン
製作 テレビ大阪
放送
放送チャンネルテレビ東京
映像形式4:3
音声形式2音声多重放送(#概要を参照)
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1982年3月7日 - 1989年6月25日
放送時間日曜日9:30 - 10:00
放送分30分
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パソコンサンデー』は、テレビ大阪の制作により、テレビ東京系列局(メガTONネットワーク、後のTXNネットワーク)で1982年3月7日(テレビ大阪の開局6日後)から1989年6月25日まで、毎週日曜朝に放送されたパーソナルコンピュータ関連の情報番組の草分け的存在である。テレビ東京系列局とKBS京都ではシャープの一社提供。

テレビ大阪では初回から9時30分 - 10時の放送。テレビ東京では開始月のみ7時 - 7時30分に放送していたが、その翌月からは9時30分 - 10時に枠移動し、最終回までこの時間で放送した。また、テレビ東京系列のない地域(なかった地域)の一部でも系列外番販ネットが行われた。

なお本番組以降、テレビ東京系列の日曜9:30 - 10:00枠は2025年3月までの約43年に渡ってテレビ大阪の制作番組が続くことになる。

当時パソコンは高価ではありながらも、メーカー各社から最新機種がこぞって登場し、NHK教育テレビの『趣味講座 マイコン入門』においてメーカー名などが伏せられてはいたものの、NECPC-8001が採用されてパソコンブームの火付け役となる等、一大ブームとなっていた。

そのような背景から開始されたこの番組は、パソコンソフトの様々な利用法を判りやすく説明するとともに、その他のパソコン関連の情報も提供していた。放送開始当初は、MZ-80BMZ-2000 といったシャープの当時の最新機種を使って基本操作や BASIC を使ったプログラミングの基礎を解説していた。

また、当時としては画期的なアイデアとして、副音声でパソコンのプログラムデータを音声により配信する試みも行われていた[1]。視聴者はその音声をカセットテープに一旦録音し、当時パソコンの外部記憶装置として一般的だったデータレコーダでそのテープを読み込むことでプログラムを利用できるという仕組みだったが、実際には録音時の受信状態や位相の問題などでプログラムをうまく読み込めないケースが多かったようである。なお、副音声はこの部分以外は無音で放送されていた。

司会は、当時系列キー局・テレビ東京のアナウンサーからフリーキャスターに転向した小倉智昭。一時降板したが、大和田獏下條アトム三波豊和と変遷した後、中期には小倉が復帰しその後は番組終了まで担当した。歴代の女性アシスタントとして萩尾みどり斉藤とも子白石まるみなども出演している。

また宮永好道[2]がプログラムの専門家として最初期よりレギュラー出演していたが番組末期に降板した。

中期以降は山下章やパソコン評論家として高橋雄一などもレギュラー及びゲストで出演。当時、発売前のX68000を詳しく紹介したこともあった。後期のリニューアルまでは、姫神せんせいしょんのファースト・アルバム『奥の細道』に収録されている「Gun-Do」がテーマ曲に使われていた。

番組内容の変遷

初期

NEC搭載のN88-BASICと微妙に異なるMZやX1シリーズのBASICプログラミングや使い方の各種情報を提供。これは NEC に対抗する意味もあった[3]。そのため、最初期は宮永好道を講師としたMZシリーズ用BASICプログラム講座番組の色合いが非常に強く、プログラム講座用の番組テキストも販売されていた。

また司会の小倉はエラーを出しては講師の宮永の指導によりプログラムを修正するといった役どころから、番組内で「エラーマン」の異名が付けられ、小倉本人も司会再登板後の番組中期頃までは頻繁に自称していた。 後に視聴者から投稿プログラムを募集・紹介し、出演者で採点評価[4]したり、上述の副音声によるプログラム配信も行われた。

オープニングアニメーションはMZ-2000で作られ、プログラミングはキャリーラボ平野洋一郎が担当した。テーマ曲は姫神せんせいしょん Gun-Do

中期 (1986年 - 1988年3月)

この頃一時降板していた小倉が復帰。パソコンの普及に従って、プログラミングよりも市販ソフトウェアの使用を中心とするユーザーが一般化していったことや、この頃発表された X68000 が、とりわけゲームユーザーやハイエンドPCユーザーに高い支持を得て、他メーカーPCとの住み分けが明確化されていったことなどから、プログラミング講座よりも、山下章や高橋雄一によるすぐに使えるパソコン・ゲームの小技、裏ワザや新商品情報など、パソコン情報紹介が番組の中心となっていった。

プログラミング特集ではX-BASICからX68000のコンパイラを用いたC言語プログラミング等も紹介されるようになる。

ゲーム紹介ではPCエンジンを内蔵したX1 Twinの登場によりPCエンジンソフトが紹介されることもあったが、番組内ではPCエンジンの名前は使われず、X1 Twin用ゲームソフト、HEシステム用ソフトなどと呼称された。また稀にシャープ製のツインファミコンを使ってファミコンソフトが紹介されることもあった。

末期 (1988年4月 - )

番組のオープニングテーマがテレビ朝日系列で放送の「朝まで生テレビ!」で採用されている「Jeff Newman And His Orchestra」の『Positive Force』になる。最末期にはさらに別の曲に変更された。司会の小倉以外のレギュラー出演者は全て変更となり、番組最初期から出演していた宮永好道も降板。副音声によるプログラムの配信や視聴者プログラム投稿コーナーも終了し、一般ビジネスマン向けのコンピュータ情報レポート等のビジネスユースを対象した特集が増えるなど大幅にリニューアルされる。ただしパソコン紹介やゲーム特集などホビー寄りの特集ではその後も山下章や高橋雄一がゲストとして出演し、89年春以降の最末期には両名ともレギュラーに復帰している。

番組スポンサーであるシャープの意向により、1989年6月25日放送分をもって7年4か月間の歴史に幕を下ろした。放送期間7年4か月は、2019年音楽番組JAPAN COUNTDOWN[5]が更新するまで、日曜9時30分のテレビ大阪制作全国ネット番組としては最長記録だった。なお、2025年4月よりテレビ大阪制作のゴルフ番組『武井壮のゴルフバッグ担いでください』が30分繰り下げの日曜10:00 - 10:30に移動する事になり、これを以って約43年続いた本時間帯のテレビ大阪制作枠は終焉する事になる[6]

ネット局

太字テレビ東京系列局

※東海地方では、在名局の東海テレビからテレビ愛知に放映権が移ったが、在名局の移行先が広域局ではなく、県域局であり、この放映権移管後に独立県域局の岐阜放送三重テレビで放送されることがなかったため、結果岐阜・三重の各県域局では視聴できなくなった。

脚注

関連項目

外部リンク

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