ベンゼン

最も単純な芳香族化合物 From Wikipedia, the free encyclopedia

ベンゼン: benzene)は、分子式 C6H6分子量 78.11 の最も単純な芳香族炭化水素である。原油に含まれており、石油化学における基的化合物の1つである。分野によっては慣用としてドイツ語(Benzol:ベンツォール)風にベンゾールと呼ぶことがある。ベンジン(benzine、主として炭素数5 - 10の飽和炭化水素からなる混合物)とはまったく別の物質であるが、英語では異綴の同音異義語である。

概要 物質名, 識別情報 ...
ベンゼン
Skeletal formula detail of benzene.
Skeletal formula detail of benzene.
分子構造
Benzene molecule
Benzene molecule
空間充填モデル
Benzene ball-and-stick model
Benzene ball-and-stick model
球棒モデル
Sample of benzene
Sample of benzene
室温でのベンゼン
物質名
識別情報
3D model (JSmol)
ChEBI
ChEMBL
ChemSpider
ECHA InfoCard 100.000.685 ウィキデータを編集
EC番号
  • 200-753-7
KEGG
RTECS number
  • CY1400000
UNII
CompTox Dashboard (EPA)
性質
C6H6
モル質量 78.114 g·mol−1
外観 無色の液体
匂い 甘い芳香
密度 0.8765(20) g/cm3[2]
融点 5.53 °C (41.95 °F; 278.68 K)
沸点 80.1 °C (176.2 °F; 353.2 K)
1.53 g/L (0 °C)
1.81 g/L (9 °C)
1.79 g/L (15 °C)[3][4][5]
1.84 g/L (30 °C)
2.26 g/L (61 °C)
3.94 g/L (100 °C)
21.7 g/kg (200 °C, 6.5 MPa)
17.8 g/kg (200 °C, 40 MPa)[6]
溶解度 アルコール、クロロホルム、四塩化炭素、ジエチルエーテル、アセトン、酢酸に溶ける[6]
エタンジオールへの溶解度 5.83 g/100 g (20 °C)
6.61 g/100 g (40 °C)
7.61 g/100 g (60 °C)[6]
ジエチレングリコールへの溶解度 52 g/100 g (20 °C)[6]
log POW 2.13
蒸気圧 12.7 kPa (25 °C)
24.4 kPa (40 °C)
181 kPa (100 °C)[7]
共役酸 ベンゼニウム[8]
共役塩基 ベンゼニド[9]
λmax 255 nm
磁化率 −54.8·10−6 cm3/mol
屈折率 (nD) 1.5011 (20 °C)
1.4948 (30 °C)[6]
粘度 0.7528 cP (10 °C)
0.6076 cP (25 °C)
0.4965 cP (40 °C)
0.3075 cP (80 °C)
構造
平面三角形
0 D
熱化学
標準定圧モル比熱, Cp 134.8 J/mol·K
標準モルエントロピー S 173.26 J/mol·K[7]
標準生成熱 fH298)
48.7 kJ/mol
標準燃焼熱 ΔcHo −3267.6 kJ/mol[7]
危険性
労働安全衛生 (OHS/OSH):
主な危険性
潜在的な職業性発がん物質、可燃性
GHS表示:
可燃性急性毒性(高毒性)急性毒性(低毒性)経口・吸飲による有害性水生環境への有害性[10]
Danger
H225, H302, H304, H305, H315, H319, H340, H350, H372, H410[10]
P201, P210, P301+P310, P305+P351+P338, P308+P313, P331[10]
NFPA 704(ファイア・ダイアモンド)
NFPA 704 four-colored diamondHealth 2: Intense or continued but not chronic exposure could cause temporary incapacitation or possible residual injury. E.g. chloroformFlammability 3: Liquids and solids that can be ignited under almost all ambient temperature conditions. Flash point between 23 and 38 °C (73 and 100 °F). E.g. gasolineInstability 0: Normally stable, even under fire exposure conditions, and is not reactive with water. E.g. liquid nitrogenSpecial hazards (white): no code
2
3
0
引火点 −11.63 °C (11.07 °F; 261.52 K)
497.78 °C (928.00 °F; 770.93 K)
爆発限界 1.2–7.8%
致死量または濃度 (LD, LC)
930 mg/kg (ラット, 経口)[11]
LCLo (最低致死濃度)
44,000 ppm (ウサギ, 30 分)
44,923 ppm (イヌ)
52,308 ppm (ネコ)
20,000 ppm (ヒト, 5 分)[12]
NIOSH(米国の健康曝露限度):
PEL
TWA 1 ppm, ST 5 ppm[13]
REL
Ca TWA 0.1 ppm ST 1 ppm[13]
IDLH
500 ppm[13]
安全データシート (SDS) HMDB
関連する物質
関連物質 トルエン
ボラジン
特記無き場合、データは標準状態 (25 °C [77 °F], 100 kPa) におけるものである。
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化学的性質

無色で、甘い芳香を持つ引火性の高い液体である。

構造および性質が類似する4物質、ベンゼン(Benzene)、トルエン(Toluene)、エチルベンゼン(Ethylbenzene)、キシレン(Xylene)の頭文字をとってBTEXと称されることがある。ベンゼン・トルエン・キシレンの3つをBTXとも呼ぶ。

ベンゼン環

試薬瓶に入ったベンゼン

6個の炭素原子がの甲(六角形)状かつ同一平面上に位置し、各炭素はsp2混成軌道をとっている。炭素原子間の結合距離はすべて約1.39 Åであり、典型的なC−C単結合(約1.54 Å)とC=C二重結合(約1.34 Å)の中間である。これは、全てのC−C結合が等価であることを意味する。ケクレ構造式では交代する二重結合単結合で表されるが、実際にはsp2混成軌道によるσ結合からなる骨格と、各炭素の未混成p軌道が重なって形成される環全体に非局在化したπ電子系が存在する。π電子は特定の1本のC−C結合に局在せず、環全体に分布して各C−C結合へ等価に結合性寄与を与えるため、結合長が均一化する。非局在化した電子密度は環の上下に広がった分布を示し、環状のπ電子雲を形成する。ベンゼンが平面六角形構造をとるのは、sp2混成に由来するσ骨格の幾何と、p軌道の重なりによるπ共役(芳香族性)が平面配置で最大化され安定化するためである。非局在化していることを強調するために、ベンゼン環を六角形の中に円を描いた形で表すことがある。

π電子が非局在化すると、局在した二重結合と単結合の交互配置に比べて分子全体のエネルギーが低下し、安定性が増大する。このようにπ電子が環状に共役し、共役が途切れず、(4n+2) 個(2、6、10、…)のπ電子をもち [注釈 1] 、平面構造をとることが可能な分子は、すべてのπ電子が結合性軌道を占有するため特に安定である。この性質を芳香族性と呼び、ベンゼン環を含む化合物を芳香族化合物という。

ベンゼン環はベンゼン核とも呼ばれるが、現在ではあまり一般的な呼び名ではない。置換基となる場合はフェニル基 (phenyl group) と呼ばれる。

フェニル基の暗号としてはPhが用いられる。芳香族炭化水素の置換基はアリール基と呼ばれ、フェニル基はナフチル基と同様にアリール基に属する。

反応

構造式の見かけ上ベンゼンは二重結合を持つが、アルケンと異なり付加反応よりも置換反応の方が起こりやすい。

危険性

WHOの下部機関IARCより発癌性がある(Type1)と勧告されており、米国・カナダEUオランダなど各国でも独自に人体影響を研究評価している[14]。日本でも大気汚染に係る環境基準が定められている。また1973年にはベンゼンから生ずる中毒の危害に対する保護に関する条約が発効した。なお、ムコン酸は、ヒトがベンゼンに曝露された時の指標とされる。ただし、ヒトがベンゼンに曝露されると、他にフェノール、カテコール、ヒドロキノンなども代謝産物として生ずることが知られている[15]

代謝と毒性

代謝は肝臓で行われ代謝の中間産物としてフェノールカテコールヒドロキノン等が生成され代謝産物が骨髄で毒性を発現する[16][17]

  • 急性毒性 : 皮膚・粘膜への刺激、中枢神経系[17]
  • 慢性毒性 : 造血器官ら影響し骨髄腫など[17]

健康被害と産業界への影響

1950年代サンダル工場で接着作業に従事していた工員が継続的なベンゼンの吸入により、造血器系の傷害(白血病等)を受け死亡する事象が発生した。この事象を契機としてベンゼンの毒性・発癌性が問題視されるようになり、有機溶剤としては代替品で毒性の比較的低いトルエンやキシレンが使用されるようになった。しかし、これら代替溶剤は故意の吸入(いわゆるシンナー遊び)という、別の弊害を生むことになった。現在においても化学工業・理化学実験では使用が忌避される傾向にある。ベンゼン含有量を削減したガソリンなどがその代表例である。

2006年春以降英国などで清涼飲料水からベンゼンが低濃度検出されることが公表され、10ppbを越える製品の自主回収が要請された。生成の原因は保存料である安息香酸酸化防止剤であるビタミンCの反応によるもの、とされている。日本でも厚生労働省医薬食品局食品安全部が市販の清涼飲料水を調査し、1つの製品で70ppbを超える濃度が検出され、自主回収を要請した[18]

地下水汚染

都市ガス製造時に生成しガス製造施設で高濃度のベンゼンによる土壌汚染[19]地下水汚染[20]が公表されている。

製法

ベンゼンは炭素の豊富な素材が不完全燃焼すると生産される。自然界では火山噴火や森林火災でも発生し、タバコの主流煙・副流煙にも含まれる。

ベンゼンの工業的製造法には以下の物がある。

第二次世界大戦までは、製鉄産業においてコークスの副産物としてベンゼンが生産された。その後1950年代になると、特にプラスチック産業の成長によりベンゼンの需要は増大し、石油からベンゼンを生産することが求められた。今日ではベンゼンの9割以上は石油化学工業で生産され、石炭からの生産は相対的に少なくなった。

粗製ベンゼンの2016年度日本国内生産量は474,969t、工業消費量は227,755t、純ベンゼンの2016年度日本国内生産量は4,072,574t、工業消費量は1,957,946tである[21]

石炭蒸し焼きによる一酸化炭素を主成分とする都市ガス製造過程でも、ベンゼンが生成する。このため、都市ガスを製造した工場跡地において、ベンゼンなどによる土壌汚染地下水汚染が起こることがある。

接触改質 (catalytic reforming)
沸点が80–200℃の炭化水素の混合物を水素ガスと混合する。そして、塩化白金あるいは塩化ロジウム触媒と500–525℃、8–50atmで作用させる。この条件下では、脂肪族炭化水素は環を形成し、水素を失って芳香族炭化水素になる。反応生成物を蒸留、およびジエチレングリコールスルホランなどによる溶媒抽出によって分離精製して純粋なベンゼンを得る。
水蒸気クラッキング (steam cracking)
脂肪族炭化水素からエチレンや他のオレフィンを生成する過程である。ナフサなどを原料とすると芳香族に富む分解ガソリンを副生する。これを蒸留および溶媒抽出によって分離精製して純粋なベンゼンを得る。
トルエンの水素脱アルキル化 (toluene hydrodealkylation)
トルエンを水素と混合させ、クロムモリブデンまたは酸化白金触媒に500–600℃、40–60気圧で作用させる。場合によっては、触媒の代わりにより高い圧力が使用される。反応式を以下に示す。
通常、反応の収率は95%を超える。場合によってはトルエンの代わりにキシレンやもっと分子量の大きい芳香族化合物が使用されるが、変換効率は悪い。
トルエンの不均化
トルエン2分子の反応によってベンゼンとキシレンを生成する。トルエンと比較すると、ベンゼンとキシレンは化学原料としての需要が多いので経済的に成立するプロセスである。反応式を以下に示す。

この他に、アセチレン3分子から赤熱した鉄触媒(あるいは石英触媒)でも得ることができる(ヘキストワッカー法)。具体的には、赤熱させた管もしくは石英管にアセチレンガスを通すと得られる。

用途

現在ベンゼンは他の化学物質を製造するための材料として利用されている。用途の大部分を占めるのが、プラスチック原料としてのスチレンや、樹脂や接着剤の原料としてのフェノールナイロン製造に用いるシクロヘキサンなどである。その他、ゴム、潤滑剤、色素、洗剤、医薬品、爆薬、殺虫剤などの製造に用いられている。

かつては強力な有機溶剤として利用され、特に金属部品からグリースを除くのに使われていた。またペンキはがし、染み抜き、ゴム糊などの家庭用製品にも広く使われていた。毒性が明らかになるにつれ、より毒性の少ないトルエンなどの他の溶剤に取って代わられた。日本では労働安全衛生法および特化則により溶剤としての利用は原則禁止されている。1950年代に四アルキル鉛に代わるまで、オクタン価を上げてノッキングを防ぐためガソリンに添加されていた。世界的に有鉛ガソリンが廃止される過程で、再びベンゼン添加が行われるようになった国もある。

ベンゼンに由来する主な化成品。記事へのリンクあり。

歴史

1825年ファラデーによって、鯨油熱分解したときの生成物の中から初めて発見された[22][23]。ただし、この時点では環式構造をもつことは知られず、分子量と性質のみにとどまる。

1833年、ミチェルリヒが安息香酸(benzoic acid)と生石灰を蒸留して得た物質にbenzinと名付けたのが名前の由来となった[24][25]

1845年、アウグスト・ヴィルヘルム・フォン・ホフマンの下にいたCharles Mansfieldがコールタールからベンゼンを単離し、4年後に工業規模の製造を始めた。化学者の間では次第にベンゼンに関連する化合物が大きなグループを形成するという考えが醸成され、1855年にホフマンが芳香族という名称を付けることになる。

そして1865年にドイツの化学者アウグスト・ケクレによって、炭素原子からなる六員環構造をもち、各炭素原子に1つずつ水素原子が結合し、さらに、炭素原子間には単結合と二重結合が交互に配列した「ベンゼンの環状構造式」(ケクレ構造式)が提案された[26][27]。 ケクレはベンゼンの1置換体は常に1種類だけ生じ、一方2置換体は3種の異性体(オルト・メタ・パラ)が生じることを根拠にこの構造を提唱している。この構造は、ケクレが夢の中でヒントを得たとされている。猿が手を繋いでいたとか、蛇(ウロボロス)が自分の尻尾を噛んでぐるんぐるん回っていたなどと言われているが、その真偽については疑問が持たれている(詳細はケクレの項目を参照)。この構造(ケクレ構造)を持つ分子をケクレ分子という。

提唱されたベンゼンの構造式。左から2番目がデュワーの式、3番目はプリズマンとして知られる

ケクレ以外にもデュワーバンバーガーをはじめとして多くのベンゼン構造式が提唱されてきた。

これらのうち、デュワーのベンゼン式に相当する置換化合物(フォトピリドン (photopyridone) など)が発見されており、デュワー式に相当するベンゼンの類縁体の総称してデュワーベンゼンと呼称されることもある。ヘキサメチルデュワーベンゼンは市販もされている[要出典]

日本の法規制

文字コード

Unicodeその他の技術用記号に割り当てられている。

さらに見る 記号, Unicode ...
記号UnicodeJIS X 0213文字参照名称
U+232C-⌬
⌬
BENZENE RING
U+23E3-⏣
⏣
BENZENE RING WITH CIRCLE
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注釈

  1. 一般的な芳香族性は平面π共役系に対するヒュッケル則で記述されるが、構造が固定されて非平面となった環状共役系でも芳香族的安定化が現れる場合がある。また、π共役系が一回ねじれたメビウス型環では位相条件が反転し、4n個のπ電子をもつ系が芳香族となる(メビウス芳香族性)。 またホモ芳香族性や、励起状態における芳香族性としてBaird芳香族性が知られている。

脚注

関連項目

外部リンク

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