メズタンの服を着て
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| フランス語: Sous un habit de Mezetin 英語: Sous un habit de Mezetin | |
| 作者 | アントワーヌ・ヴァトー |
|---|---|
| 製作年 | 1717-1719年ごろ |
| 素材 | クルミ (?) 板上に油彩 |
| 寸法 | 27.7 cm × 21 cm (10.9 in × 8.3 in) |
| 所蔵 | ウォレス・コレクション、ロンドン |
『メズタンの服を着て』(メズタンのふくをきて、仏: Sous un habit de Mezetin、英: Sous un habit de Mezetin)は、18世紀フランス・ロココ期の巨匠アントワーヌ・ヴァトーが1717-1719年ごろ、クルミ (?) 板上に油彩で制作した絵画である。1846年に第4代ハートフォード侯爵リチャード・シーモア=コンウェイにより購入され[1]、現在、ロンドンのウォレス・コレクションに所蔵されている[1][2]。
ヴァトーと同時代の美術愛好家・収集家であったピエール・ジャン・マリエットは、本作の中央に描かれている人物がヴァトーの友人の画商ピエール・シロワ (Pierre Sirois, 1665-1726年) であると同定した。人物の頭部に「シロワ」と記された素描 (現在、行方不明) が存在していたことにより、彼がヴァトーの友人であることが示されている[1]。シロワはヴァトーをたびたび寄寓させ、家族ぐるみで親しく交わった。また、美しい衣装をたくさん持っていたヴァトーは、友人が訪ねてくるとそれらを着せ、眺めたり、素描をしたりするのを楽しんだという[2]。
2人の女性の頭部は肖像のように非常に個性的に描かれており、シロワの娘たちであろう。彼女たちは、大英博物館 (ロンドン) に所蔵される同じ素描をもとにしている[1]。2人の男性の頭部 (画家によって塗りつぶされた左側の頭部も含め) はおそらくシロワの家族を描いたものではなく、ヴァトーの何点かの雅宴画に登場する、舞台衣装を纏った非個性的な人物像から採られている。画家は、実在の人物像を非実在の人物像とともに描いているのである[1]。
画商のシロワは、ヴァトーの生涯において重要な役割を果たしている。1709年に、彼はヴァトーの最初期の作品の1つを購入した。1719年からは、ヴァトーの絵画にもとづく最初の版画集を出版している。また、彼の義理の息子エドム・ジェルサン (Edme Gersaint) は、『ジェルサンの看板』 (シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン) に描かれている[1]。
シロワは、イタリア喜劇「コンメディア・デッラルテ」の人物メズタン (メッツェッティーノ)の格好をしている。彼の頭部には、予期しない行動をし、好色なギリシア神話の神パーンの彫刻が見える。このような私的冗談、そして集団肖像画と雅宴画の異例な組み合わせにより、本作は個人的な依頼、あるいはヴァトーからシロワへの贈り物として制作されたのであろう[1]。