レニングラード写本
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ヘブライ聖書 または 旧約聖書 |
|---|
| 詳細は聖書正典を参照 |
|
ユダヤ教、プロテスタント、 カトリック教会、東方教会 |
| ユダヤ教とプロテスタントが除外 |
| 東方正教会が含む |
| ロシア正教会とエチオピア正教会が含む |
| エチオピア正教会が含む |
| ペシッタ訳聖書が含む |
| 古代教会スラブ語聖書が含む |

レニングラード写本(レニングラードしゃほん、Codex Leningradensis)は、ティベリアのマソラ本文によれば、出版された完全体のヘブライ語聖書の最古の写本のひとつである。古くはペテルブルゲンシス写本、サンクトペテルブルク写本とも。
マソラ本文の書写記録によると作成は1008年となっている。レニングラード写本より、アレッポ写本のほうが最古の完全体の写本で数十年古いとされたこともあったが、1947年以来アレッポ写本の一部が紛失し、レニングラード写本が、今日まで無傷で現存している、ティベリアのマソラ学者による最古の完全体の写本となった。
近年、レニングラード写本は、最も重要なこととして、ビブリア・ヘブライカ(1937年)およびビブリア・ヘブライカ・シュトゥットガルテンシア(1977年)のヘブライ語本文として複製された。また、この写本はアレッポ写本の紛失した部分を埋める第一資料として学者たちに用いられてもいる。

レニングラード写本中に発見された聖書本文には、ティベリア母音符やアクセント記号が付ついたヘブライ文字が載せられている。加えて、その欄外にはマソラ注釈が掲載されている。さらに、本文上および言語学上の詳細な点を扱った技術的な補遺がいくつも載せられており、その多くが幾何学模様で描かれている。レニングラード写本は羊皮紙に書かれており、皮革で結び付けられた。
レニングラード写本の聖書各書の配列はティベリア系本文の不文律に沿っている。その不文律は、後代のイベリア系聖書写本の不文律とも一致する。聖書各書の配列は、ほとんどのヘブライ語聖書と比較して、ケトゥービムの書(聖文書)が顕著に異なっている。レニングラード写本では、ケトゥービムの配列が、歴代誌、詩篇、ヨブ記、箴言、ルツ記、雅歌、伝道の書、エステル記、ダニエル書、エズラ‐ネヘミヤ書となっている。
レニングラード写本は、一千年もの間、異例の手付かず状態のため、中世ユダヤ芸術の一例をも提供してくれる。そのうちの16枚には本文の数節を解明する装飾的な幾何学模様が描かれている。署名頁にはその両隅に書士の名と共に星が描かれており、中央には祝禱文が書かれている。
歴史
レニングラード写本の出版記録によると、この写本はアロン・ベン・モーシェ・ベン・アシェルが作成した手書き書をカイロで複写したものである。この写本にはベン・アシェルの写字室で製作されたと書かれているが、ベン・アシェルが写本を見たという証拠はない。マソラ学者の写本としては異例なことに子音字、母音符号、マソラ脚注を、同一人物が手がけている。レニングラード写本は(ベン・アシェル自身が編纂した)アレッポ写本は別として、ベン・アシェルの伝統に最も忠実な手書き書であると考えられている。修正箇所や削除箇所が多数あるので、Moshe Goshen-Gottsteinは、ベン・アシェルの文体に従っていない既存の文書がベン・アシェルの文体に沿うべく多くの修正を加えられたのだ、と主張した。
今日、レニングラード写本は「フィルコビッチB 19 A」と名付けられ、ロシア国立図書館に保管されている。元所有者は、カライ派のコレクター、アブラハム・フィルコビッチで、彼はどこで写本を入手したのかを自分の著作には書き残さなかった。写本は1838年にオデッサに移され、後にサンクトペテルブルクの帝国図書館に譲渡された。