ロドリゴ・ロペス

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1975-12-14) 1975年12月14日(49歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
185 lb =約83.9 kg
ロドリゴ・ロペス
Rodrigo López
ダイヤモンドバックス時代(2010年)
基本情報
国籍 メキシコの旗 メキシコ
出身地 メヒコ州トラルネパントラ・デ・バス
生年月日 (1975-12-14) 1975年12月14日(49歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1994年 ベラクルス・レッドイーグルスと契約
初出場 MLB / 2000年4月29日 アトランタ・ブレーブス
最終出場 MLB / 2012年4月22日 シンシナティ・レッズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム メキシコの旗 メキシコ
WBC 2006年2009年2013年

ロドリゴ・ロペス・ムニョスRodrigo López Muñoz, 1975年12月14日 - )は、メキシコメヒコ州トラルネパントラ・デ・バス出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

8歳の頃にフェルナンド・バレンズエラに憧れて野球を始める[1]1994年にメキシコ夏季リーグ "リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボル" でプロデビュー。1995年3月17日サンディエゴ・パドレスと契約してアメリカ合衆国に渡る。2000年にメジャーデビューを果たし6試合に登板するが、翌2001年は右肩を痛めたためメジャーでの登板機会がなく、シーズン終了後の10月15日FAとなった。

その後メキシコ冬季リーグ "リーガ・メヒカーナ・デル・パシフィコ" やカリビアンシリーズでの好投が認められ、2001年11月23日ボルチモア・オリオールズと契約。2002年、オリオールズはロペスを傘下のマイナーリーグAAA級で投げさせるつもりだったが、スプリングトレーニングでリリーフとして好投したため開幕メジャー入りさせる。4月下旬にロペスは不振のジョシュ・タワーズに代わって先発ローテーション入りし、「ロドリゴはおそらく、我々にとって最大の驚きだ」(マイク・ハーグローヴ監督)、「賭けで大当たりが出たようなものさ」(エド・ケネディ選手育成部門副社長特別補佐)と味方からも驚かれるほど[1]の好投を続ける。7月には球団史上1979年5月のデニス・マルティネス以来となる月間6勝0敗を記録し、月間最優秀新人に選出された[2]。最終的に新人選手としてリーグ最多の15勝を挙げ[3]新人王投票では2位となった[4]

その後は先発登板を中心に、毎年約35試合に登板し、開幕投手を3回(2003年、2005年 - 2006年)務めた。しかし2006年、この年からオリオールズの投手コーチに就任したレオ・マゾーニーに「早いカウントではファストボールでストライクを取れ」と指導されたことで、テンポよく打たせて取る自分の投球スタイルを見失う[5]。最終的にリーグ最多敗戦・最多自責点を記録した。シーズン開幕前に行われた2006年のワールド・ベースボール・クラシックにはメキシコ代表として出場したが、米国戦と韓国戦の2試合に登板して2敗を喫している。

2007年1月12日にマイナーリーガー2人とのトレードで、コロラド・ロッキーズへ移籍した[3]。同年、14試合登板に留まり、4月から5月にかけて右肘を痛め、6週間戦線を離脱[6]7月26日ロサンゼルス・ドジャース戦で腕を痛め、故障者リスト入りとなり[6]8月22日トミー・ジョン手術を受けた[7]。シーズン終了後の10月31日にFAとなった。

手術から1年後の2008年8月22日アトランタ・ブレーブスと契約したが、メジャーに昇格することなくシーズンを終えた。2009年3月5日フィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約。アントニオ・バスタルドの故障者リスト入りによってメジャー昇格を果たし[8]7月3日ニューヨーク・メッツ戦で2年ぶりにメジャーで登板した。7試合の登板で防御率5.70の成績で9月8日に解雇された。12月16日アリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだ。

2010年は招待選手としてスプリングトレーニングに参加。6試合の登板で防御率1.64、WHIP0.91と好投し開幕メジャー入りを果たす。レギュラーシーズンでは200イニングを投げ4年ぶりに規定投球回に到達したが、両リーグ最多の37被本塁打と2度目のリーグ最多敗を喫した。11月1日にFAとなった。

2011年1月31日にブレーブスとマイナー契約を結び、5月26日ライアン・バクターとのトレードで、シカゴ・カブスへ移籍した。10月30日にFAとなった。

2012年1月19日にカブスと再契約した。11月3日にFAとなった。

2013年第3回WBCメキシコ代表に選ばれた。1月22日にフィリーズとマイナー契約を結んだが、3月22日にフィリーズを解雇された。その後メキシカンリーグの古巣・メキシコシティ・レッドデビルズに加入した。メキシコシティでは15試合に登板し、4勝3敗・防御率5.49だった。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2000 SD 660000300.00012024.24051300170024248.762.15
2002 BAL 332810015900.625809196.21722362451362183783.571.19
2003 262631071000.412663147.0188244361010321101955.821.57
2004 372311114903.609714170.21642154221214171683.591.28
2005 3535000151200.556918209.1232286317118511261144.901.41
2006 362900091800.333847189.0234325924136611291245.901.55
2007 COL 14140005400.55633379.183112160430043394.421.31
2009 PHI 750003100.75013730.04231110190024195.701.76
2010 ARI 333300071600.304874200.0227375613116201261115.001.42
2011 CHC 26160006600.50043097.2116182935540056484.421.49
2012 400000100.000346.180501200645.682.05
MLB:11年 257215521818903.47658791350.2150620241626378652157897244.821.42
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰・記録

背番号

  • 44 (2000年)
  • 13 (2002年 - 2003年、2006年、2010年)
  • 19 (2004年 - 2005年、2012年)
  • 31 (2007年、2009年)
  • 50 (2011年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI