八丁町
From Wikipedia, the free encyclopedia
河川

岡崎市西部に位置する。八帖町のうち、下記の区域が分離され、「八丁町」として新たに制定された[5]。分離される面積は計約2万8400平方メートルで、八帖町全体の約2割に当たる[6]。
- 八帖町字大通
- 20の4、21、24の4、44の1、44の3から44の5まで、44の7、44の12、44の13、44の19、44の20、45の1
- 八帖町字往還通
- 38、52の1、52の2、53、54の2、63、63の2、64の2、69、69の2、93、93の3、94、95の2、95の3、96の4、97の1、98の1、107から109まで、112から115まで、117、151から154まで、159の2
岡崎城から八丁(約870メートル)の場所にある八丁村で古くより味噌が作られていたことが「八丁味噌」の名前の由来の主たる説とされる[7]。職能ごとに村が8か町に分かれていたためとの説もある[8]。
- 矢作川
- 早川
世帯数と人口
小・中学校の学区
歴史
| はっちょうむら 八帖村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1889年10月1日 |
| 廃止理由 |
新設合併 岡崎横町、岡崎亀井町、岡崎久右衛門町、岡崎魚町、岡崎康生町、岡崎材木町、岡崎十王町、岡崎松本町、岡崎上肴町、岡崎伝馬町、岡崎田町、岡崎唐沢町、岡崎島町、岡崎投町、岡崎能見町、岡崎八幡町、岡崎板屋町、岡崎福寿町、岡崎門前町、岡崎祐金町、岡崎裏町、岡崎両町、岡崎連尺町、岡崎六地蔵町、岡崎籠田町、菅生村、中村、梅園村、八帖村、六供村 → 岡崎町 |
| 現在の自治体 | 岡崎市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 中部地方、東海地方 |
| 都道府県 | 愛知県 |
| 郡 | 額田郡 |
| 八帖村役場 | |
| 所在地 | 愛知県額田郡八帖村 |
| ウィキプロジェクト | |
額田郡八帖村の一部を前身とする。
→「八帖町 § 沿革」も参照
2017年12月15日、農林水産省は、県内39社の業者から成る「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」[11]を八丁味噌の生産者団体として地理的表示(GI)に登録した[12]。組合員ではない岡崎の「カクキュー」「まるや八丁味噌」の2社は除外された[13]。2021年9月17日、まるや八丁味噌は、農林水産省に登録取り消しを求めて東京地裁に提訴するが[14][15]、2022年6月28日、同地裁は訴えを退け、「八丁味噌の製造地域は昭和初期には県全域に及び、社会でも認知されていた」と認定した[16]。
こうした背景から、岡崎市は、GI制度の枠組みから外れた2社を支援することを目的として、2022年12月26日、八帖町の一部(まるや八丁味噌とカクキューの敷地)の町名表記を「八丁町」に変更した[5][6]。
2024年3月6日、最高裁はまるや八丁味噌の上告を棄却し、同社の敗訴が確定した[17]。翌2025年、農林水産省は八丁味噌の生産者団体にカクキュー・まるや八丁味噌などからなる八丁味噌協同組合を追加指定した。
交通
施設
ギャラリー
- 旧東海道を挟んで向かい合うように建つまるや八丁味噌(左)とカクキュー(右)。1925年撮影。
- 1920年代のまるや八丁味噌
- 早川家味噌工場(現・合資会社八丁味噌)。1910年撮影。
- まるや八丁味噌の味噌蔵
- 合資会社八丁味噌本社