久後崎町
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小字
岡崎市西部、本庁地区では南西に位置する。
- 字恵藤(えとう)
- 字キロ(きろ)
- 字国崎(くにさき)
- 字郷西(ごうにし)
- 字郷東(ごうひがし)
- 字堤下(つつみした)
- 字中道(なかみち)
- 字鳩部屋(はとべや)
- 字本郷(ほんごう)
- 字本郷南(ほんごうみなみ)
- 字三島下(みしました)
- 字宮下(みやした)
- 字宮前(みやまえ)
- 字薮下(やぶした)
- 字両神(りょうがみ)
世帯数と人口
学区
歴史
| くごさきむら 久後崎村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1889年10月1日 |
| 廃止理由 |
新設合併 上六名村、下六名村、久後崎村 明大寺村、福島新田 → 三島村 |
| 現在の自治体 | 岡崎市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 中部地方、東海地方 |
| 都道府県 | 愛知県 |
| 郡 | 額田郡 |
| 久後崎村役場 | |
| 所在地 | 愛知県額田郡久後崎村 |
| ウィキプロジェクト | |


額田郡久後崎村の一部を前身とする。
町名の由来
久後村と国崎村の「崎」の合成による。
沿革
- 1878年(明治11年)12月28日 - 久後村と国崎村が合併し、久後崎村となる[11]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行・合併に伴い、額田郡三島村大字久後崎となる[11]。
- 1906年(明治39年)5月1日 - 岡崎町へ編入し、同町大字久後崎となる[12]。
- 1916年(大正5年)7月1日 - 市制施行に伴い、岡崎市大字久後崎となる[12]。
- 1917年(大正6年)7月1日 - 久後崎町に改称[12]。
- 1957年(昭和32年)11月15日 - 一部が明大寺本町1~3丁目となる[12]。
萬有製薬岡崎工場
1943年(昭和18年)、万有製薬は三龍社の蚕種工場を買収して、久後崎町字恵藤に久後崎工場を、上六名町字茶の木原(現・上六名3丁目)に上六名工場を設立した。戦時中、久後崎工場ではボーフラワー、ネスボサン、バンカインなどを主に製造した。万有製薬は東京市目黒区の3工場を戦災で焼失したため、第2次世界大戦後は岡崎が同社の生産拠点となった。1946年(昭和21年)の全国のペニシリン生産量は2億8,000万単位で、うち1億500万単位が万有製薬の岡崎工場で生産されるほどであった[13][14]。その後、2006年(平成18年)末に岡崎工場は閉鎖された[15]。