九〇式二号水上偵察機を代替する水上偵察機として1933年(昭和8年)に行われた試作指示を受け、川西は同年5月に関口英二技師を中心として社内名称「P型水上偵察機」の設計を開始。迅速な作業の後に1934年(昭和9年)1月8日に初飛行し、同年2月に海軍に引き渡され、審査を受けた。
木金低翼混合骨組に羽布張り、単葉単フロートの近代的な機体であり、水上偵察機ではあるが、ある程度の空戦性能を考慮した、のちの水上戦闘機の先駆け的なものだった。しかし、操縦性や離着陸時の安定性に問題があり、性能面でも九〇式二号水偵と同程度だったため、不採用に終わった。生産数は1機。