千僧
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歴史
「千僧」という地名は昆陽池・今池(「千僧今池」とも)・籠池を造営した奈良時代の僧・行基が713年(和銅6年)に当地で千僧供養の法会を行ったことに由来するとされている[3]。江戸時代には摂津国川辺郡千僧村(「先祖村」とも)として、幕府領(一時期忍藩飛地領)となっていた。1882年(明治15年)の人口は172人を数え、1889年(明治22年)の町村制施行後は大部分が稲野村の大字となり、飛地部分は伊丹町へ編入されたが1940年(昭和15年)には稲野村と伊丹町が合併して伊丹市となり、旧千僧村の全域が伊丹市に属することになった。千僧公民館前には、旧千僧村の地名を伝える銘板「千僧の旧地名」が設置されている。行基が造営したとされるため池のうち、籠池は後世に埋め立てられ跡地は陸上自衛隊千僧運動場となっている。千僧今池は伊丹市立博物館の裏手に現存するが、池の大部分は1972年(昭和47年)に市役所の現庁舎と市立図書館(現-伊丹市防災センター)[4]・博物館・中央公民館が建設された際に埋め立てられた。


