夕張駅

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所在地 北海道夕張市末広二丁目
北緯43度3分3.38秒 東経141度58分2.69秒 / 北緯43.0509389度 東経141.9674139度 / 43.0509389; 141.9674139座標: 北緯43度3分3.38秒 東経141度58分2.69秒 / 北緯43.0509389度 東経141.9674139度 / 43.0509389; 141.9674139
駅番号 Y25
所属路線 石勝線(夕張支線)
夕張駅
駅舎(2017年7月)
ゆうばり
Yūbari
Y24 鹿ノ谷 (1.3 km)
所在地 北海道夕張市末広二丁目
北緯43度3分3.38秒 東経141度58分2.69秒 / 北緯43.0509389度 東経141.9674139度 / 43.0509389; 141.9674139座標: 北緯43度3分3.38秒 東経141度58分2.69秒 / 北緯43.0509389度 東経141.9674139度 / 43.0509389; 141.9674139
駅番号 Y25
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 石勝線(夕張支線)
キロ程 16.1 km(新夕張起点)
電報略号 ユウ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度-
62人/日(降車客含まず)
-1998年-
開業年月日 1892年明治25年)11月1日[1]
廃止年月日 2019年平成31年)4月1日
備考 路線廃止に伴う廃駅
1.1985年昭和60年)10月13日移転[1]
2.1990年平成2年)12月26日再移転[1]
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1976年の国鉄夕張線(当時)夕張駅(初代)と周囲約1km範囲。左下が鹿ノ谷方面。客扱いとしては駅舎前の単式ホーム1面1線である。駅裏北側に北炭夕張炭鉱の選炭場と積込み施設が接していて、沢山の留置線を有している。駅裏南側には転車台が残されている。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

夕張駅(ゆうばりえき)は、かつて北海道夕張市末広2丁目にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)石勝線(夕張支線)の廃駅)である。電報略号ユウ事務管理コードは▲132107[2][3]駅番号Y25

年表

初代夕張駅跡(2003年8月)

主要産業の変化に伴い、駅は路線を短縮する形で2度移転された[1]。はじめは石炭の運び出しの便を図るため、市の奥地である夕張市福住の現在の石炭の歴史村付近に駅があった。当時は夜間滞泊も行われていたが、相次ぐ炭鉱閉山の影響により過疎化が急速に進行。夕張市は観光を主要産業に位置付け開発に乗り出し、1985年昭和60年)に市の中心部である夕張鉄道夕張本町駅構内跡地(夕張市本町4丁目、夕張市役所及び夕張市民会館の裏)に移転した。これが2代目夕張駅である。

2代目夕張駅の駅舎は3両の貨車を改装し連結したものであった。貨車はワフ29500形のワフ29756、ワフ29900とワム80000形のワム86579の3両で、車輪を付けたまま駅舎に改造された珍しい例であった[4]

その後、リゾート開発に伴い、鹿ノ谷 - 夕張間、夕張市末広2丁目のホテルマウントレースイ前に新駅を設置する構想が浮上した。しかし、勾配と駅間距離の短さから実現せず、1990年平成2年)に夕張駅自体が新駅の予定地点へと移転することになった。これが3代目夕張駅である。

3代目夕張駅舎は当初、ホテルマウントレースイを経営する松下興産が管理していた[5]。しかし2002年(平成14年)に松下興産はホテル経営から撤退し、夕張市所有の施設「ゆうばり駅待合所」となった。しかし市は2007年(平成19年)3月に財政破綻し、4月には施設を廃止[6]。地元観光協会に管理を委託した[5]。同年、岐阜県大垣市の情報技術関連会社「サイエンスネット」は駅トイレ・待合室の管理費を寄付した[7]。しかし観光協会は財源不足となった。そこで小樽市のログハウスメーカー「トベックス」が駅舎の維持管理と2009年(平成21年)5月からの全面改修を無償で受託[5]。同年7月にはイタリアンカフェ「ルーチェ・ソラーレ」が、10月には夕張市産業課が運営する「夕張市観光案内所」がオープンした[8]。しかしイタリアンカフェは建物の管理がずさんだったなどとして、2013年(平成25年)12月に閉店した[8]。その後はNPO法人ゆうばり観光協会が運営する「夕張観光案内センター」などが入居する建物となった[9]

廃止時の駅構造

石勝線夕張支線の終着駅であり、単式ホーム1面1線の地上駅だった。1998年(平成10年)頃に一度無人化されたが2007年(平成19年)に簡易委託化され、総販システムの前出し券に日付を押印する方法で発売していた。ただし、駅構内ではなく駅舎の背後にあるホテル「マウントレースイ」のフロントにおける取り扱いとなっていた。新夕張駅管理。

駅周辺

駅跡

初代駅舎・石炭の歴史村管理ステーション(2003年)
駅舎を活用した喫茶店「和」(2024年)
初代
初代駅舎は石炭の歴史村を運営する石炭の歴史村観光と夕張観光開発の本社が入居する「石炭の歴史村管理ステーション」に転用。道道38号夕張岩見沢線の切り替え工事にあたり、2006年(平成18年)10月4日に旧「ファミリースクールふれあい」(旧市立旭小学校校舎、市財政再建のため同年9月18日限りで閉鎖)へと移転。同年10月10日より解体された。
2代目
2代目駅舎に使われていた車両は「石炭の歴史村」に移設[4]、「キハ69900」とペイントされSL館と遊園地「アドベンチャーファミリー」の間に長らく設置されていた。
3代目
廃止から約1年後の2020年令和2年)4月以降、駅舎は夕張観光案内センターと喫茶店として活用されている[16]

隣の駅

北海道旅客鉄道(JR北海道)
石勝線(夕張支線)
鹿ノ谷駅 (Y24) - 夕張駅 (Y25)

脚注

関連項目

外部リンク

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