大山志保

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生誕 (1977-05-25) 1977年5月25日(48歳)
身長 168 cm (5 ft 6 in)
体重 62 kg (137 lb)
国籍 日本の旗 日本
大山 志保
Shiho OYAMA
基本情報
生誕 (1977-05-25) 1977年5月25日(48歳)
身長 168 cm (5 ft 6 in)
体重 62 kg (137 lb)
国籍 日本の旗 日本
出身地 宮崎県宮崎市
経歴
プロ転向 2000年=JLPGA72期
優勝数
日本LPGA 18(内、公式戦2)
成績
初優勝 ベルーナレディースカップゴルフトーナメント(2003年)
賞金王 2006年
賞金ランク最高位 日本女子:1位(2006年)
2019年12月1日現在
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大山 志保[1](おおやま しほ、1977年5月25日 - )は、宮崎県宮崎市出身の日本の女子プロゴルファーである。所属は大和ハウス工業ガッツポーズをする様が五木ひろしのこぶしに似ていることから「五木ガッツポーズ」と名付けられている[2]

10歳から父に教えられゴルフを始めるが、きっかけは大映テレビ制作のドラマ「プロゴルファー祈子」を観ていたからだという[3]

1993年に私立熊本中央女子高等学校(現・熊本中央高等学校)へ進学[4]

高校2年生だった1994年から清元登子に師事[4]。同年「日本女子アマチュアゴルフ選手権競技」で優勝した[5]

1996年に日本大学に進学、「日本女子アマチュア・マッチプレーゴルフ選手権競技」(1997年[6]、1999年[7])、「日本女子学生ゴルフ選手権競技」(1999年)でそれぞれ優勝した[8]

大学を中退し、2000年の日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)最終プロテストに合格、JLPGA72期生となる[1]

2002年、下部ツアー「ヴァーナルカップ」でプロ初優勝。同年の年間獲得賞金ランキング(賞金ランク)で29位となり自身初のシード入り[9]

2003年「ベルーナレディースカップゴルフトーナメント」でJLPGAツアー初優勝[9]

2005年「マンシングウェアレディース東海クラシック」で、2年ぶりのJLPGAツアー優勝を果たす[9]。同年11月に故郷の宮崎県「宮崎カントリークラブ」で開催された同ツアー公式戦「LPGAツアーチャンピオンシップ・リコーカップ」で、通算5アンダーとし、2位の不動裕理に4打差をつけ公式戦初優勝を飾った[10][注 1]

2006年は4月の「フジサンケイレディスクラシック」、5月の「サロンパスワールドレディスゴルフトーナメント」で優勝する[11]。8月には「クリスタルガイザーレディスゴルフトーナメント」、「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント」、「ヨネックスレディスゴルフトーナメント」で優勝[11]。この月は2週連続を含む史上初[注 2]の月間3勝とし、JLPGAツアー記録を達成した[12]。同年は最終的に¥166,290,957を獲得し賞金ランク1位となり、不動裕理の7年連続を阻んで自身初の賞金女王となる[9]。2003年に不動裕理が獲得した¥149,325,679を抜き[13]、史上初の1億5千万円超えであった[注 3]

2007年は「ニチレイPGMレディス」、「明治チョコレートカップ」の2勝[9]

2008年「マスターズGCレディース」で優勝、最終的に賞金ランク8位となり、この年まで8年連続賞金シード入りを果たす[9]。同年全米女子プロゴルフ協会(USLPGA)の「Qスクール[注 4]」に挑戦し、4位タイで翌シーズンのUSLPGAツアー出場資格を得た(カテゴリー11)[14]

2009年はUSLPGAツアー16試合に出場し、予選通過7回、最高位は単独6位で賞金獲得額は122,540ドル(賞金ランク76位[15])で2010年のシード権を得た(カテゴリー1)[16]。同年12月にかねてより故障していた左肘の手術を受けた[14]。これによりUSLPGAツアーを撤退。

JLPGAの「特例保障制度」の適用を受けて2010年9月の同ツアー「ゴルフ5レディスプロゴルフトーナメント」から復帰したが[14]、賞金ランク57位でシード入りを果たせなかった[9]。同年JLPGAファイナルQTで5位となり翌シーズンの同ツアー出場資格を得た[17]

2011年10月の「マスターズGCレディース」でポーラ・クリーマーとの3ホールに及ぶプレーオフを制し、2008年以来3年ぶりのJLPGAツアー優勝[18]。同年は最終的に賞金ランク12位でシード復活となった[9]

2012年は左肩痛で開幕から長期欠場となり、7月の「スタンレーレディスゴルフトーナメント」で復帰[14]。しかし賞金ランクは63位でシード入りを果たせなかった[9]。同年JLPGAファイナルQTで39位となり翌シーズンの同ツアー出場資格を得た[19]

2013年は夏場に腸腰筋の肉離れの為に2か月ほど欠場したものの、出場した試合では予選落ち無し、「LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ」で公式戦2勝目をあげ、賞金ランク8位でシード復活となった[14]

2014年は「ゴルフ5レディスプロゴルフトーナメント」、「NOBUTA GROUP マスターズGCレディース」の2勝[9]

2016年4月24日の「フジサンケイレディスクラシック」で同大会10年ぶりの優勝を果たし、大山はインタビューで優勝賞金全額を「平成28年熊本地震の被災者支援のために寄付します」と表明した[20]。同年8月「リオデジャネイロオリンピックゴルフ競技」において野村敏京と共に日本代表となり、42位となる[21]

2017年の9月、練習中に首を痛め、10月に頚椎間板ヘルニアと診断されると、「トーナメント特別保障制度」を適用し、ツアーから離脱した[22]

2018年5月の「ほけんの窓口レディース」で戦列復帰し、同年の「ヨネックスレディスゴルフトーナメント」をトータル10アンダーとして2年ぶりのJLPGAツアー優勝で、2006年・2015年大会に続く大会3勝目[注 5]、通算18勝目を挙げた[9][22]

2019年は賞金ランク49位となり、2013年からこの年まで7年連続賞金シード入りを果たす[9]

2020年2月10日、一般男性と入籍したことを発表した[23]

2022年11月、両足などに痛みが重なり、「トーナメント特別保障制度」を申請。当初は、過剰な運動や負荷が原因とされる『種子骨障害』と診断されたが、症状は手や顔を含む全身に広がり激しい痛みを伴うものになった。鎮痛剤も効かず治療法が見つかっていない原因不明の病として治療を続け、2023年5月に申請を延長。2024年11月の「伊藤園レディス」で2年5カ月ぶりとなるツアー復帰を果たした[22]。しかし同年はこの試合のみで、2025年も2試合と出場機会も限られた(3試合すべて予選落ち)。2025年のQTも痛みの影響で出場はできなかった[24]

2026年3月「アクサレディス」2日目、通算1アンダーとして43位となり、2022年5月の「ブリヂストンレディース」以来約4年ぶりの予選通過を果たした[25]

優勝記録

※本項は日本女子プロゴルフ協会プロフィールページに基づく[1]、大会名は優勝当時で表記し、太字は公式戦である。

  • 2002年
    • ヴァーナルカップ(ステップ・アップ・ツアー)
  • 2003年
    • ベルーナレディースカップゴルフトーナメント
  • 2005年
    • マンシングウェアレディース東海クラシック
    • LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ
  • 2006年
    • フジサンケイレディスクラシック
    • サロンパスワールドレディスゴルフトーナメント
    • クリスタルガイザーレディスゴルフトーナメント
    • NEC軽井沢72ゴルフトーナメント
    • ヨネックスレディスゴルフトーナメント
  • 2007年
    • ニチレイPGMレディス
    • 明治チョコレートカップ
  • 2008年
    • マスターズGCレディース
  • 2011年
    • マスターズGCレディース
  • 2013年
    • LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ
  • 2014年
    • ゴルフ5レディスプロゴルフトーナメント
    • NOBUTA GROUPマスターズGCレディース
  • 2015年
    • ヨネックスレディスゴルフトーナメント
  • 2016年
    • フジサンケイレディスクラシック
  • 2018年
    • ヨネックスレディスゴルフトーナメント

受賞歴

脚注

関連項目

外部リンク

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