天野香久子

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天野 香久子(あまの かくこ、本名:奥村こと子[1]1904年〈明治37年〉3月7日[1][2] - 没年不明)は元宝塚少女歌劇団花組主演男役クラスの人物。大阪府大阪市東区(現・中央区玉造出身[3]。特技はダンス[1]。在団中は天才的なバレリーナといわれていた[4]

芸名は小倉百人一首の第2番:持統天皇

春過ぎて 夏來にけらし 白妙の 衣乾すてふ 天香具山 (はるすぎて なつきにけらし しろたへの ころもほすてふ あまのかぐやま)

から命名された。

  • 1927年(昭和2年)6月頃、宝塚少女歌劇団を23歳で退団。

エピソード

「血染めの舞踏靴(トウシューズ)」という、天野香久子にまつわる話がある[4]

天野が在団中には立派なトウシューズはまだ無く、直ぐに折れそうな粗悪なトゥシューズしかなかった。けれども、天野は平気でその粗悪で危険なトウシューズを履いて日夜猛練習を重ねていたために、いつも足の爪が破れて、真っ赤な血が粗悪で危険な白色のトウシューズをどろどろに彩っていた。天野がトウシューズで歩いたあとは血で床に印がついたという[5]

宝塚少女歌劇団時代の主な出演

出典

参考文献

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