中日劇場

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開館公演 ザ・ピーナッツ・ショー
中日劇場
Chunichi Theatre
中日劇場がある中部日本ビルディング
中日劇場がかつて入っていた中日ビルの旧建物(中部日本ビルディング)
情報
完成 1966年4月26日
開館 1966年5月5日
開館公演 ザ・ピーナッツ・ショー
閉館 2018年3月25日
最終公演 中京五流舞踊特別公演
収容人員 1420人
客席数 1階席954席(車いすスペース4席を含む)オーケストラ・ピット使用時は1階席74席分は使用できなくなる
2階席466席
延床面積中日ビルとして)84,491.7 m2
設備 飲食店、売店
用途 歌舞伎演劇ミュージカルコンサート
運営 中日新聞社
所在地 460-0008
愛知県名古屋市中区四丁目1番1号
北緯35度10分6.29秒 東経136度54分34.74秒 / 北緯35.1684139度 東経136.9096500度 / 35.1684139; 136.9096500座標: 北緯35度10分6.29秒 東経136度54分34.74秒 / 北緯35.1684139度 東経136.9096500度 / 35.1684139; 136.9096500
アクセス 地下鉄栄駅(13番出口)から徒歩3分
名鉄栄町駅から徒歩5分
(栄駅・栄町駅と中日ビルとは栄森の地下街で直結)
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中日劇場(ちゅうにちげきじょう)は、かつて愛知県名古屋市中区四丁目の中日ビル(中部日本ビルディング)内にあった劇場である。

1966年5月中日新聞社が「中部日本新聞」から「中日新聞」への改題を記念して中日ビル内9階に開場。日本で唯一の新聞社直営劇場であり、東海地区を代表する劇場として成長した。御園座名鉄ホールと並んで名古屋の三大劇場の一つとして数えられている。

1966年当時、空中劇場になったのは、低層階に劇場大空間をつくり、その上にオフィスを重ねる建築技術では費用が嵩むため。舞台機構は空中劇場なので舞台セット搬入を搬入リフトで行った(強風時使用不可)。廻り舞台には大迫り2、小迫り1、スッポンが上手1、下手1、プロセニアムが演目で上下、オケピットに客席がスライド収納、客席上空を斜めに横切る宙乗りは30メートル、1968年カラー中継ケーブル設置、2001年6月5日からはスーパー歌舞伎の作曲者加藤和彦作曲のチャイムが開演5分前と休憩終了5分前に鳴り、2018年劇場閉館まで使われた。

定紋は扇。中日新聞社の社章が扇の中央に描かれている。1984年の當世流小栗判官の宙乗りでは、当時の市川猿之助通常は花道の上を宙乗りするのを、客席に対角線上に客の頭上を飛ぶ宙乗りを日本で初めて行った[1]

しかし、中日ビルの老朽化に伴う建て替えのため、2018年3月末をもって営業を終了した[2][3]。最終公演では1966年のこけら落としと同じく中京五流舞踊の特別公演が行われた[4]。劇場閉鎖になったのは、簡保生保農協の団体観劇がなくなり、観劇環境が厳しくなった事情も関係する[5]。閉館から1年が過ぎた2019年3月29日〜31日の間、中日ビル閉館前のイベントとして1年ぶりに劇場内が公開された。

建て替え後は「中日ホール&カンファレンス」[6]として一新され、ホールは650席収容のシアターモード、432席収容でセミナー対応テーブル付きのスクールモード、及び座席を取り外した500人収容の立食パーティー・スタンディングライブモードの3形態でマルチに利用できるようになった[7]が、演劇・舞踊公演などの公演の開催は大幅に縮小した。

主な公演

2月宝塚歌劇団の公演[8]を始め、松竹東宝製作の公演や特別公演、9月には名古屋をどり桂米朝一門会、12月には中京五流舞踊公演吉本新喜劇加藤登紀子のほろ酔いコンサートに年忘れ東西落語名人会が行われている。中日文楽と称して文楽の公演も2013年5月31日6月2日2014年5月31日6月1日2015年5月30日5月31日2016年5月28日5月29日2018年3月2日に行われた[5]

関連項目

脚注

外部リンク

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