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山口蛍

日本のサッカー選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

山口 蛍(やまぐち ほたる、1990年10月6日 - )は、三重県名張市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・V・ファーレン長崎所属。ポジションはミッドフィールダー(守備的ミッドフィールダー)。元日本代表。

本名 山口 螢
愛称 ホタル
カタカナ ヤマグチ ホタル
ラテン文字 YAMAGUCHI Hotaru
概要 山口 蛍, 名前 ...
山口 蛍
名前
本名 山口 螢
愛称 ホタル
カタカナ ヤマグチ ホタル
ラテン文字 YAMAGUCHI Hotaru
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1990-10-06) 1990年10月6日(35歳)
出身地 三重県名張市
身長 173cm
体重 72kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 V・ファーレン長崎
ポジション MF(DMF)
背番号 5
利き足 右足
ユース
2000-2002 日本の旗 箕曲ウエストSC(名張市立錦生小学校)
2003-2005 日本の旗 セレッソ大阪U-15(名張市立赤目中学校)
2006-2008 日本の旗 セレッソ大阪U-18(清明学院高等学校)
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2009-2015 日本の旗 セレッソ大阪 140 (11)
2016 ドイツの旗 ハノーファー96 6 (0)
2016-2018 日本の旗 セレッソ大阪 85 (3)
2019-2024 日本の旗 ヴィッセル神戸 192 (23)
2025- 日本の旗 V・ファーレン長崎 52 (4)
代表歴
2012  日本 U-23 6 (0)
2013-2019[1] 日本の旗 日本 48 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。2026年7月17日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj
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2013シーズンまでの登録漢字表記は「山口 螢」[2]。2014 FIFAワールドカップ、2018 FIFAワールドカップ代表メンバー。

クラブ経歴

プロ入り前

1990年、三重県名張市赤目に次男として誕生[3]。「どんな暗闇でも明るい光を放ち続けられますように」という願いを込めて『螢』と名付けられた[4]。

小学校3年生の時に父の影響でサッカーを始め、主にトップ下を担当[5]。中学校進学に際しセレッソ大阪、ガンバ大阪、京都サンガF.C.の3クラブの入団テストを受け、テスト当日に合格の通知をくれたセレッソ大阪U-15へ入団した[5]。

中学時代は電車で片道2時間かけて練習場まで通う日々を送り、1年生の終わりにはJFAエリートプログラムの1期生に選出された[5][6]。2006年、セレッソ大阪U-18へ昇格。2008年、チームの主将に就任。JFAプリンスリーグU-18関西で優勝を飾り、自身もリーグMVPに選出された。

セレッソ大阪

2009年、丸橋祐介とともにトップチームへ昇格。同年5月13日から3か月間、ブラジル全国選手権セリエAのSEパルメイラスに留学した。

2011年、前年は出場機会に恵まれなかったものの、この年はボランチのポジションで徐々に出場機会を増やし、J1第24節浦和レッズ戦で公式戦初得点を記録。

2012年、開幕からレギュラーを掴む。同年、キム・ボギョン、清武弘嗣といった主力の相次ぐ移籍もあってクラブは下位に低迷したが、ファビオ・シンプリシオの加入後は攻撃的ミッドフィールダーとしても起用されるなどユーティリティな活躍を見せ、リーグ戦30試合に出場した。

2013年、自身初のリーグ戦全34試合に出場。また、この年初めて日本代表に選出され、シーズン終了後にJリーグベストイレブンに初めて選ばれた。

2014年シーズンから名前の登録漢字表記を、山口螢から山口蛍に変更。契約更改時に志願し、キャプテンに就任した[7]。8月9日の第19節・FC東京戦で負傷退場。右膝外側半月板損傷と診断され、戦列を離れた。結局、山口は最終節まで復帰できず、C大阪は17位でリーグを終え、J2降格となった[8]。シーズンオフには海外クラブへの移籍も視野に動いたが上手くいかず、国内他クラブからの誘いがある中でC大阪残留を決めた[9]。

2015年シーズン、キャプテンとしてチームをけん引するも、C大阪はJ2リーグ4位で終え、J1昇格プレーオフ決勝でアビスパ福岡に敗れ、1年でのJ1復帰を逃した。

ハノーファー96

2016年1月1日、ドイツのドイツ1部・ハノーファー96への完全移籍が発表された[10]。

だがその後、ハノーファーがブンデスリーガ2部へ降格した後、2016年6月に古巣のセレッソ大阪に復帰した[11]。

セレッソ大阪復帰

古巣復帰にあたって「育ったクラブを離れてみて、セレッソに対する思いが想像以上に強くなった」と自身の公式ブログにて心境をつづった[12]。また、翌日の6月20日の復帰会見では「残りのサッカー人生を全てこのクラブとともに歩んでいきたい。プレーで返していくしかない」とでファンやクラブへの恩返しを誓った[13]。9月にはアシスト数がリーグ内1位タイとなる2本、パス数が2位(261本)、インターセプト数が4位タイなど同月に行われた試合で3連勝に貢献し、J2リーグ月間MVPに選出された[14]。J2の舞台で奮闘しプレーオフでJ1昇格を決めた[15]。

2017年シーズンから育成出身者としては初の背番号10番を背負い、レギュラーとして32試合に出場。クラブ初タイトルとなったルヴァンカップと天皇杯優勝に貢献。また、リーグ最多のインターセプト数を記録し[16]、リーグ3位とクラブ史上最高勝ち点を記録するなど背番号10にふさわしい活躍で歴史的なシーズンを支えた。また、自身2度目となるJリーグベストイレブンに選出された。

2018年1月22日 キャプテンの就任が発表された[17]。また、背番号を清武弘嗣に10番を譲り、海外移籍前と同じ6番に変更した[18][19]。このシーズンもレギュラーとして33試合に出場。また、チームの上位争いをした翌年に残留争いをするというジンクスを消滅させた。ホーム最終戦の後に行われたセレモニーでは、解任が決定した尹晶煥監督を思い涙を流した[20]。

ヴィッセル神戸

2019年より、リーグ優勝とACL優勝を本気で目指すという目標に共感し、ヴィッセル神戸へ完全移籍(その後、目標通りリーグ優勝は達成した)[21]。メディアによると年俸1億円超の3年契約で総額4億円超の契約となった[22]。背番号はセレッソ時代に付け愛着のあった6番ではなく5番を着用。理由は「『6』だったらセレッソのイメージが強くあるから。環境を全て変えて神戸に来たから、そこにとらわれなくていいかなと思った」と話している[23]。開幕戦から古巣・セレッソ大阪とヤンマースタジアム長居にて対戦しスタメンで出場した。チケットは完売で4万人以上の観衆が集まった[24]。C大阪で絶対的な存在だったことなどからボールを触るたびに古巣のサポーターから大ブーイングを受けたが、試合後にセレッソのゴール裏へ挨拶したときは、ブーイングのち拍手とコールで迎えられた[25][26]。インタビューでは「ボールを触るたびにブーイングだったので、そこは少し複雑な心境でしたけど、ブーイングされることも理解している。仕方ないと思う。サポーターにはいい思い出しかないし、感謝していることばかりなので、ブーイングがあったからどう、ということはないですね。サポーターも含めて、変わらず、ずっと好きだと思います」と答えた[26]。3月にはチームメイトの西大伍とともに日本代表復帰を果たした。また、ヴィッセル神戸から日本代表が選出されるのは5年ぶりとなった[27]。リーグ戦中盤から副主将に抜てきされ、ピッチでも定位置の中盤から1列前でプレー[28]。この起用により攻撃参加が増え、リーグ戦、ルヴァン杯、天皇杯と全ての大会で得点を挙げた(この年に行われた代表戦でも得点を挙げている)。リーグ戦全試合フル出場を果たし、インターセプト数はリーグ最多を記録[29]。チームは翌年1月1日に行われた天皇杯で優勝し、クラブ初タイトル獲得に貢献した。

2020年シーズン最初の試合となる2月8日に行われたFUJI XEROX SUPER CUP・横浜FM戦では、勝ち越しとなる得点を挙げるも3-3でPK戦に突入。そのPK戦では、横浜FMの3人目が外すとそのまま9人連続でPK失敗するというサッカー史上稀に見る異常事態となったが、7人目の山口が決めて、クラブ2つ目のタイトル獲得に貢献した[30]。リーグ戦全34試合、ルヴァン杯1試合、ACLでは初戦のジョホール・ダルル・タクジムFC戦以外全試合に出場[31]。また、ジョホール・ダルル・タクジム戦が後に無効試合となったため、新型コロナウイルスの影響で過密日程になった中で神戸の公式戦全試合出場を果たした。このシーズンもリーグ戦やACLなどアンドレス・イニエスタが不在時にはキャプテンとしてプレー。ACL準決勝の蔚山現代FC戦でもキャプテンとしてプレーし得点を挙げるもチームは敗れた[32]。敗れたもののクラブ初の国際大会でベスト4進出に貢献した。個人としては2年連続でJリーグ優秀選手賞に選出され[33]、リーグ戦全34試合無警告で自身初となるフェアプレー個人賞も受賞した[34]。

2021年シーズンもレギュラーとして試合に出場し続けるも、9月5日に行われた第24節・広島戦で負傷交代[35]。この怪我の影響でチームから離脱し、昨シーズンから続いた神戸での公式戦連続出場が途絶えた。11月3日に行われた第34節・仙台戦で途中出場から復帰を果たすと、出場から2分後に勝ち越しゴールを挙げた[36]。怪我での離脱はあったものの、リーグ戦32試合5得点を記録し、ACL圏内で神戸のJ1最高順位となるリーグ3位に貢献。また、自身も3年連続でJリーグ優秀選手賞に選出された[37]。

2022年シーズンは4月6日のJ1第7節・FC東京戦でシーズン初得点を挙げた[38]。チームは開幕11試合勝利なしを記録するなど低迷したが、9月以降の連勝などで残留を決めた。J1第34節の横浜F・マリノス戦でリーグ通算300試合出場を達成した。

2023年シーズン、10月21日の鹿島戦までフル出場で試合に出続けるも、その後2試合を負傷のため欠場[39]。J1リーグ優勝の懸かった11月25日の名古屋戦で後半13分から、5月に退団したアンドレス・イニエスタから引き継いだキャプテンマークを巻いて出場。チームは試合に勝利し、初のリーグ優勝。自身も初めてのリーグタイトルを獲得した[40]。その後の取材では「セレッソは中学生の頃から育ててもらったクラブで、そこでトップにも上がって試合にも使ってもらって、日本代表にもなって…。そのチームから移籍するのって本当に、自分の中でも想像はしていなかったですし、ずっとそこにいるものだと思っていた。ただ、選手として、壁にぶつかるようなところもあった。その中で決断した移籍だった。神戸に毎年のようにすごい選手が入ってくるっていう中で一個人のプレーヤーとしてみても、僕自身のプレーの幅だったりとかいうものも伸ばすことができたと思う」と移籍後の心境も語った [41]。シーズン終了後に優秀選手賞を受賞し[42]、自身3度目となるベストイレブンにも選出された[43]。

2024年シーズンから背番号を5から「96」番に変更。愛犬の「クロ」にちなんで、96(クロ)とした。50番以上の番号が自由に付けられるようになった昨シーズンに番号を変更したかったが、間に合わずこのシーズンからの変更となった[44]。シーズン途中までは絶対的レギュラーとして君臨しており、アウェーC大阪戦ではヨドコウ桜スタジアムでの2年連続となるゴールをあげる活躍をみせたが、夏場に怪我で離脱し、復帰直後に再離脱するなどシーズン後半は離脱期間が長くなった[45]。その間に控えに甘んじていたMF井手口陽介が復調し、新加入の鍬先祐弥らが台頭する中で、復帰後も自身の出場機会は限られた。最終節終了後のファイナルセレモニーにて同シーズン限りでの主将辞任を表明した[46]。

V・ファーレン長崎

2025年シーズンからV・ファーレン長崎へ完全移籍を発表[47]。

代表経歴

2010年、クラブでは出場機会に恵まれなかったが、各クラブの控えメンバーを中心としたU-21日本代表に選出され、広州アジア競技大会に出場[48]。山村和也とダブルボランチを形成し、全試合に出場する活躍で、史上初の金メダル獲得に貢献した[48]。

その後も関塚隆監督の寵愛を受け、レギュラーとしてロンドン五輪アジア予選を戦った。

ロンドン五輪アジア予選後、ロンドン五輪U-23サッカー日本代表に選出された。本大会では、主にクラブでチームメイトだった扇原貴宏とダブルボランチを形成。過密日程の中、全試合フル出場を果たし、メキシコ五輪以来44年ぶりのベスト4進出に貢献した。

2013年7月、東アジアカップ2013に出場する日本代表に初招集され、第1戦中国戦で国際Aマッチ初出場を果たした[1]。同大会では全3試合に出場し、日本代表の大会初優勝に貢献し、自身も大会MVPに選出された[49]。

2014年6月に開催された2014 FIFAワールドカップでは、初戦のコートジボワール戦、第2戦のギリシャ戦でスタメンで起用されたが、チームはグループリーグ敗退となった。グループリーグ終了後に国際サッカー連盟(FIFA)が発表した、公式分析システムで出場全選手736人のランキングを10点満点で発表し、山口は日本代表で本田圭佑に次いで2番目に評価が高かった[50]。

2015年1月に開催されるAFCアジアカップ2015へ臨む日本代表の予備登録メンバーに選出されたが、本登録は叶わなかった[51]。しかし、同年3月27日に行われたキリンチャレンジカップのチュニジア代表戦で代表復帰を果たした。8月5日の東アジアカップ2015第2戦・韓国戦で国際Aマッチ初得点を決めた。

2016年10月6日、W杯出場へ向けて重要な一戦であったロシアW杯最終予選のイラク戦では1-1で迎えたアディショナルタイムに決勝ゴールを決めた。また、この日は自身の誕生日でもあった[52]。

2018年6月、ロシアワールドカップのメンバーに選出され、3試合に出場した[53]。決勝トーナメント1回戦のベルギー戦では、途中出場で入るも後半残り1分のベルギーのカウンター攻撃からの失点場面での山口のディフェンス対応についてスポーツメディアなどで議論が起こった[54]。これに関して「(山口は)ファウルしてでも止めるべきだった」という声にチームメイトの酒井宏樹は「蛍のところでファウルするのは無理でした」と番組で話している[55]。

2019年11月に代表復帰したが、代表招集については「僕も、もういいです。長谷部さんほどのキャリアがあったらポンッと入っても与えるものがあると思う。僕はそこまでじゃないし、海外でも長くやっていない。若い選手も出てきてるんで大丈夫です。個人的にはクラブでしっかりやりたいという思いが強い」と話した[56]。

プレースタイル・人物・評価

プレースタイル

豊富な運動量と抜群のボール奪取能力を持つ中盤のダイナモ[5]。

フィジカルの強さを生かした対人守備を得意とし、タイトなマークと鋭い危険察知能力で相手のチャンスの芽を摘む守備職人であるが[57]、ユース時代は背番号「10」を着けて攻撃的なポジションでプレーしており、パスの精度が高く、攻撃センスにも長けている。

セレッソ大阪時代に同じくボール奪取からの攻撃参加を武器とするタイプのソウザとボランチを組んだ際には「ソウザが自由にやるところがあるから、それをかなり見ながらポジショニングだったり上がるタイミングを考えていた、関係性としては良いバランスを取れたダブルボランチだったんじゃないかなと思う」などと話している[58]。

ボランチとしてピッチに立っている時は、隣でコンビを組む選手にどれだけプレーしやすい環境を作ってあげられるかということを常に考えている。チームやチームメートのことを第一に考え、その上で勝利を手にするほうが充実感が得られるタイプである[59]。

人物

動物が好きで、動物関係の仕事に興味を持っている。三重県名張市でおすすめする場所は赤目四十八滝[59]。

サッカー人生において大きなポイントだった事は、2014年に右膝外側半月板損傷のケガを負った時。以前の自分に戻れるだろうかという不安をはじめ、いろいろなことを考えた。リハビリをしながらコンディションを整えていく中で、以前の自分よりもどれだけパワーアップして復帰できるかという部分を自分のテーマに掲げて乗り越えた[59]。

コミュニケーションが非常に苦手であり、33歳の時にも「究極の人見知り」「初めて会った人と話をするのが本当に苦手ですし、顔を見ることもできません」と話した[59]。

シーズン終了後の、2025年12月14日に柿谷曜一朗の引退試合として行われた大阪ダービーでは7年ぶりにセレッソの選手として出場。柿谷の意向で引退試合としては異例の真剣勝負となったこの試合では後半ラストプレーの本田圭佑のシュートをゴール前にスライディングして防ぎ、山口は両手を突き上げ歓声を上げた[60][61]。

評価

2020年6月に那須大亮のYouTube内の企画で、元スペイン代表で神戸でチームメイトだったダビド・ビジャからJリーグで印象に残った日本人選手のMF部門に選ばれている。ビジャは「彼は才能にも恵まれており、フィジカル的なコンディションもいい。チームメートとしてたくさんプレーできて、僕にとっても光栄だった」「中盤の選手として必要なものを全て兼ね備えている」と山口を称賛している[62]。2021年12月の取材においても、ダビド・ビジャから「正直、Jリーグで一番凄いと思った。今でも良いキャリアを過ごしていると思うけど、スペインでも素晴らしいキャリアを送られただろう。様々な数値が100%の、かなり複合的に完璧な選手だと評価できると思う」と絶賛された[63]。

所属クラブ

個人成績

さらに見る 国内大会個人成績, 年度 ...
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2009C大阪26J230-0030
2010J120200040
201161710040211
20123026042404
20133468100427
20141910010201
2015J2351-00351
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2015-16ハノーファー16ブンデス1部60--60
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2016C大阪41J2201-10211
201710J13222051393
201863302010360
2019神戸53432152416
202034610-356
20213258130436
20223322030382
20233242030374
2024962730030303
2025長崎5J23230010333
2026J1特別201--201
2026-27J1
通算日本J1 3593535332542643
日本J1特別 201--201
日本J2 905-20925
ドイツブンデス1部 60--60
総通算 4754135334554449
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その他の公式戦

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国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2011C大阪620
201480
201840
2020神戸571
202260
2024-259620
通算AFC 291
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その他の国際公式戦

タイトル

クラブ

セレッソ大阪U-18
セレッソ大阪
ヴィッセル神戸

代表

U-21日本代表
日本代表

個人

  • JFAプリンスリーグU-18関西 MVP(2008年)
  • 東アジアカップ MVP(2013年)
  • J1リーグベストイレブン:3回(2013年、2017年、2023年)
  • Jリーグ優秀選手賞:6回(2013年、2017年、2019年、2020年、2021年、2023年)
  • J1リーグ月間ベストゴール賞:1回(2017年6月)
  • J1リーグフェアプレー個人賞:1回(2020年)
  • J2リーグ月間MVP:1回(2016年9月)
  • J2リーグベストイレブン:1回(2025年)
  • J2リーグ優秀選手賞:1回(2025年)

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 48試合 3得点(2013年 - 2019年)[1]
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日本代表国際Aマッチ
年出場得点
201380
201470
201591
201661
201780
201870
201931
通算 483
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出場

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No.開催日開催都市スタジアム対戦国結果監督大会
1. 2013年7月21日大韓民国の旗 ソウルソウルワールドカップ競技場中華人民共和国の旗 中国△3-3アルベルト・ザッケローニEAFF東アジアカップ2013
2. 2013年7月25日大韓民国の旗 華城華城総合運動場オーストラリアの旗 オーストラリア○3-2
3. 2013年7月28日大韓民国の旗 ソウルソウル総合運動場大韓民国の旗 韓国○2-1
4. 2013年8月14日日本の旗 利府宮城スタジアムウルグアイの旗 ウルグアイ●2-4キリンチャレンジカップ2013
5. 2013年9月10日日本の旗 横浜日産スタジアムガーナの旗 ガーナ○3-1
6. 2013年10月15日ベラルーシの旗 ジョジナトルペド・スタジアムベラルーシの旗 ベラルーシ●0-1国際親善試合
7. 2013年11月16日ベルギーの旗 ヘンククリスタル・アレナオランダの旗 オランダ△2-2
8. 2013年11月19日ベルギーの旗 ブリュッセルボードゥアン国王競技場ベルギーの旗 ベルギー○3-2
9. 2014年3月5日日本の旗 新宿国立霞ヶ丘競技場陸上競技場ニュージーランドの旗 ニュージーランド○4-2キリンチャレンジカップ2014
10. 2014年5月27日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002キプロスの旗 キプロス○1-0
11. 2014年6月2日アメリカ合衆国の旗 タンパレイモンド・ジェームス・スタジアムコスタリカの旗 コスタリカ○3-1国際親善試合
12. 2014年6月6日ザンビアの旗 ザンビア○4-3
13. 2014年6月14日ブラジルの旗 レシフェアレナ・ペルナンブーココートジボワールの旗 コートジボワール●1-22014 FIFAワールドカップ
14. 2014年6月19日ブラジルの旗 ナタールアレーナ・ダス・ドゥーナスギリシャの旗 ギリシャ△0-0
15. 2014年6月24日ブラジルの旗 クイアバアレーナ・パンタナールコロンビアの旗 コロンビア●1-4
16. 2015年3月27日日本の旗 大分大分スポーツ公園総合競技場チュニジアの旗 チュニジア○2-0ヴァイッド・ハリルホジッチキリンチャレンジカップ2015
17. 2015年6月11日日本の旗 横浜日産スタジアムイラクの旗 イラク○4-0
18. 2015年8月2日中華人民共和国の旗 武漢武漢体育中心朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮●1-2EAFF東アジアカップ2015
19. 2015年8月5日大韓民国の旗 韓国△1-1
20. 2015年8月9日中華人民共和国の旗 中国△1-1
21. 2015年9月3日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002カンボジアの旗 カンボジア○3-02018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼AFCアジアカップ2019・2次予選
22. 2015年9月8日イランの旗 テヘランアザディ・スタジアムアフガニスタン・イスラム共和国の旗 アフガニスタン○6-0
23. 2015年10月8日オマーンの旗 マスカットシーブ・スタジアムシリアの旗 シリア○3-0
24. 2015年11月17日カンボジアの旗 プノンペンプノンペン・オリンピックスタジアムカンボジアの旗 カンボジア○2-0
25. 2016年3月29日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002シリアの旗 シリア○5-0
26. 2016年9月6日タイ王国の旗 バンコクラジャマンガラ競技場タイ王国の旗 タイ○2-02018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
27. 2016年10月6日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002イラクの旗 イラク○2-1
28. 2016年10月11日オーストラリアの旗 メルボルンドックランズ・スタジアムオーストラリアの旗 オーストラリア△1-1
29. 2016年11月11日日本の旗 鹿嶋茨城県立カシマサッカースタジアムオマーンの旗 オマーン○4-0キリンチャレンジカップ2016
30. 2016年11月15日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002サウジアラビアの旗 サウジアラビア○2-12018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
31. 2017年3月23日アラブ首長国連邦の旗 アル・アインハッザーア・ビン・ザーイド・スタジアムアラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦○2-0
32. 2017年3月28日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002タイ王国の旗 タイ○4-0
33. 2017年6月7日日本の旗 調布味の素スタジアムシリアの旗 シリア△1-1キリンチャレンジカップ2017
34. 2017年8月31日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002オーストラリアの旗 オーストラリア○2-02018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
35. 2017年9月5日サウジアラビアの旗 ブライダキング・アブドゥッラー・スポーツシティサウジアラビアの旗 サウジアラビア●0-1
36. 2017年10月6日日本の旗 豊田豊田スタジアムニュージーランドの旗 ニュージーランド○2-1キリンチャレンジカップ2017
37. 2017年11月10日ベルギーの旗 リールスタッド・ピエール=モーロワブラジルの旗 ブラジル●1-3国際親善試合
38. 2017年11月14日ベルギーの旗 ブルッヘヤン・ブレイデルスタディオンベルギーの旗 ベルギー●0-1
39. 2018年3月23日ベルギーの旗 リエージュスタッド・モーリス・デュフランマリ共和国の旗 マリ△1-1
40. 2018年3月27日ウクライナの旗 ウクライナ●1-2
41. 2018年5月30日日本の旗 横浜日産スタジアムガーナの旗 ガーナ●0-2西野朗キリンチャレンジカップ2018
42. 2018年6月12日オーストリアの旗 インスブルックティヴォリ・シュターディオンパラグアイの旗 パラグアイ○4-2国際親善試合
43. 2018年6月19日ロシアの旗 サランスクモルドヴィア・アリーナコロンビアの旗 コロンビア○2-12018 FIFAワールドカップ
44. 2018年6月28日ロシアの旗 ヴォルゴグラードヴォルゴグラード・アリーナポーランドの旗 ポーランド●0-1
45. 2018年7月2日ロシアの旗 ロストフロストフ・アリーナベルギーの旗 ベルギー●2-3
46. 2019年3月22日日本の旗 横浜日産スタジアムコロンビアの旗 コロンビア●0-1森保一キリンチャレンジカップ2019
47. 2019年11月14日キルギスの旗 ビシュケクスパルタク・スタジアムキルギスの旗 キルギス○2-02022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼AFCアジアカップ2023・2次予選
48. 2019年11月19日日本の旗 吹田市立吹田サッカースタジアムベネズエラの旗 ベネズエラ●1-4キリンチャレンジカップ2019
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出演

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脚注

関連項目

外部リンク

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