清武弘嗣

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愛称 キヨ、ヒロシ
カタカナ キヨタケ ヒロシ
ラテン文字 KIYOTAKE Hiroshi
国籍 日本の旗 日本
清武 弘嗣
ロンドンオリンピックでの清武弘嗣(2012年)
名前
愛称 キヨ、ヒロシ
カタカナ キヨタケ ヒロシ
ラテン文字 KIYOTAKE Hiroshi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-11-12) 1989年11月12日(36歳)
出身地 大分県大分市
身長 172cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 大分トリニータ
ポジション MFOM)/ FW[1]
背番号 28
利き足 右足
ユース
日本の旗 明治北SSC
2002-2003 日本の旗 カティオーラFC
2004 日本の旗 大分トリニータU-15
2005-2007 日本の旗 大分トリニータU-18
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008-2009 日本の旗 大分トリニータ 31 (4)
2010-2012 日本の旗 セレッソ大阪 66 (13)
2012-2014 ドイツの旗 1.FCニュルンベルク 64 (7)
2014-2016 ドイツの旗 ハノーファー96 53 (10)
2016-2017 スペインの旗 セビージャFC 4 (1)
2017-2024 日本の旗 セレッソ大阪 162 (23)
2024 日本の旗 サガン鳥栖loan 10 (1)
2025- 日本の旗 大分トリニータ 4 (0)
代表歴2
2009  日本 U-20 5 (1)
2011-2012  日本 U-23 11 (2)
2011-2017[2] 日本の旗 日本 43 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年12月1日現在。
2. 2017年3月28日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

清武 弘嗣(きよたけ ひろし、1989年11月12日 - )は、大分県大分市出身のプロサッカー選手Jリーグ大分トリニータ所属。ポジションはミッドフィールダー(攻撃的ミッドフィールダー)[3]フォワード[1]。元日本代表

プロサッカー選手でおこしやす京都ACに所属する清武功暉は実弟[4]セレッソ大阪の3代目8番。

大分トリニータ

3兄弟の次男として生まれる。小学生時代は父親が監督を務める大分市立明治北小学校サッカークラブでプレーし、大分トリニータのU-15、U-18チームを経て2008年にトップチームに昇格。1年目からスーパーサブとして出場機会を得て、第20節清水エスパルス戦では、1-2の状況から同点ゴールを決め、これが自身のプロ初得点となった。2009年は、主力選手の怪我人続出もあってレギュラーに定着。チームが低迷する中、23試合に出場して3得点を挙げた。

セレッソ大阪

2010年、大分のJ2降格、財政難に伴い高橋大輔上本大海と共にセレッソ大阪に完全移籍。

シーズン序盤は相次ぐ怪我のため出場機会は少なかったが、W杯中断明けからは家長昭博乾貴士とともに3シャドーを形成し、ドイツに移籍した香川真司の穴を埋める存在としてレギュラーに定着した。

この頃については、レヴィー・クルピ監督の下で「サッカーってこんなに自由なんだ」と衝撃を受け、サッカーの楽しさを教えてくれたという[5]

2012年、香川真司の移籍後欠番となっていたC大阪のエースナンバー背番号8を継承。5月16日7月1日付けでドイツ・ブンデスリーガ1.FCニュルンベルクへの完全移籍が発表された[6]

ニュルンベルク

ニュルンベルクでは開幕戦からスタメンに抜擢されると、9月15日ボルシアMG戦では1得点を挙げた他2アシストの成績を残した。この得点はニュルンベルク移籍後初の得点であった[7]。シーズン通してレギュラーとして起用されリーグ4位となる10アシストを記録した。

2013-14シーズンもニュルンベルクのレギュラーとしてプレーしたが、チームは開幕から不振が続き2部降格となってしまった。3得点7アシストで終えた[8]

ハノーファー

2014年7月25日、ハノーファー96への完全移籍が発表された。2014年10月25日、リーグ戦第9節のボルシア・ドルトムント戦で移籍後初得点となる直接FKをきめ、ブンデスリーガ公式のMOMに選出された。2015年3月7日には強豪バイエルン・ミュンヘンを相手に先制点を決め、累計4ゴール目となった。5月23日、チームの1部残留をかけた最終節SCフライブルク戦では先制点を決め、チームの1部残留を勝ち取った[9]

2015-16シーズンからハノーファーの背番号10を身につけることを発表された[10]。6月11日、日本代表合宿にて右足中足骨を骨折していた事が発表され長期離脱[11]。9月12日、第4節のボルシア・ドルトムント戦で怪我から復帰し[12]、復帰後は3得点4アシストと好調をキープしていたが、11月の代表戦で再び負傷してしまった。2016年2月20日、第22節FCアウクスブルク戦で復帰を果たしたが、チームの調子は上がらず第31節のインゴルシュタット戦で引き分け、チームの2部降格が決定した[13]。ホーム最終節となったホッフェンハイム戦では決勝ゴールを決め、チームの勝利に貢献[14]。5得点6アシストを記録[8]

セビージャ

ハノーファーが降格した事により、清武に複数のクラブから関心が寄せられたが、移籍金が800万ユーロ(約10億円)と設定されていたため移籍が困難とされた[15]。しかし、ハノーファーが2億円の減額に応じたため[16]、2016年6月10日にリーガ・エスパニョーラセビージャFCへの完全移籍が発表された[17]。背番号は「14」。2016年8月9日、デビュー戦となったUEFAスーパーカップレアル・マドリード戦では先発出場し、延長戦の末120分間フル出場するも2-3で敗れた。8月20日、リーガ・エスパニョーラ開幕戦のRCDエスパニョール戦では4-1-3-2の右サイドハーフで先発し、1得点1アシストの活躍でデビュー戦を飾った。11月2日、UEFAチャンピオンズリーグ第4節のディナモ・ザグレブ戦で後半にガンソと変わってCL初出場を果たした。しかし、サミル・ナスリが加入した影響などでシーズン通して出場することは出来ず、更にアルゼンチン人ワルテル・モントーヤの加入が濃厚となり、EU圏外選手枠の3名から押し出され戦力外通告を受けた。

セレッソ大阪復帰

2017年1月28日、『マルカ』は清武の移籍先として古巣のセレッソ大阪の他にFC東京ヴィッセル神戸サガン鳥栖の名前が挙がっていると報じ[18]2月1日にC大阪が完全移籍での獲得を発表した[19]。第3節北海道コンサドーレ札幌戦で初先発。第9節の川崎フロンターレ戦では移籍後初得点を決めた。

その後3年間に渡り怪我に悩まされた。ロシアワールドカップ落選後、『仕切り直し』と考えていた初戦で肉離れを起こし引退を考えた。小さい頃から『ケガする選手は計算できないし、使いづらい』と言われており、本当にそのような選手になってしまったと話している。しかし、父親や内田篤人の言葉を受けて現役続行を決めた[20]

2020年、怪我無くシーズンを戦い終えた。 ボールの位置によって選手全員がスライドするポジショナルプレーを志向したロティーナ監督の下では、個人突破が必要とされない戦術の中、勝負所で個人技を引き出す事に成功し、第12節ベガルタ仙台戦では、相手ディフェンダー陣の意表を突くノールックシュートでゴールを決めた[21]。第16節横浜F・マリノス戦ではループ気味のミドルシュートを決めた[22]。他にも、9月、11月の月間ベストゴールに選出されるなど鮮烈なゴールを決めた[23]。攻撃の組み立てや、スルーパスで相手のファウルを誘うなど司令塔としても活躍した[23]。キャリアハイの8ゴールを記録し、8ゴール8アシストの成績で終えた[8]。12月31日、2023年シーズンまでの複数年契約を掴んだ[24]

2022年、小菊昭雄監督の下で、左サイドハーフではなくトップ下で起用された。リズムを作るだけでなく、第16節終了時点で、総アシスト数は2にすぎないが、ゴールにつながる決定的なパスも数多く、活躍した[25]。しかし、6月第18節 清水エスパルス戦で相手と交錯した際に負傷し、左足リスフラン靭帯損傷で離脱した[26]。これにより、狙っていた7月のE1選手権での代表復帰は叶わなかった[27]。清武の離脱期間に、チームはフォーメーションを4-2-3-1から4-4-2に変更、ハイプレスを思考するサッカーに変更して勝ちを重ねていた、復帰後は、流れを変えることを期待された途中出場での起用に対応できず、2トップの一角やボランチで起用されたが、本人は「浮いていた」「自分がポンって入れられて、何か違う」と思っていた[28]。シーズン最終のフレンドリーマッチ・ツエーゲン金沢戦ではボランチで先発起用、前半3分で先制点をアシスト、27分にはハーフウェイラインから相手ゴールキーパーを飛び越えるロングシュートで得点を決め、鋭い縦パスを通して起点になりつづける大車輪の活躍をみせた[29]

2023年から背番号を10から2010年のセレッソ入団時の背番号である13に変更[30]。 左足リスフラン靭帯損傷の影響については「今でも痛い。疲労が溜まっていたり芝が硬かったら、次の日、寝起きから痛い」と述べており[28]、開幕戦1週間前の2月11日に左ハムストリング筋を損傷した。完治期間は不明であり、4月においても復帰できるかわからないと本人は言う[31]。怪我が癒えることは無く、自身最少となる公式戦わずか3試合の出場になった。

2024年4月17日のリーグカップのいわてグルージャ盛岡戦で久々に公式戦出場した[32]

サガン鳥栖へ期限付き移籍

2024年7月7日、サガン鳥栖期限付き移籍することが発表された[33]

10試合に出場し1得点を記録するも、チームのJ1残留は叶わなかった。

12月19日、サガン鳥栖及び在籍元のセレッソ大阪との契約が満了し、退団することが発表された[34][35]

大分トリニータ復帰

2025年、完全移籍で16シーズンぶりに大分トリニータへ復帰[36]。加入初年度からキャプテンに就任した[37]

代表経歴

2011年8月10日に札幌ドームで行われた韓国戦で前半36分に岡崎慎司に代わりA代表デビューを果たし、2アシストを挙げ、日本代表の勝利に貢献した[38]。9月2日のW杯3次予選の北朝鮮戦では吉田麻也の決勝点をアシストした。また、U-22日本代表として出場したロンドンオリンピック・ アジア地区最終予選では、9月21日の対マレーシア戦(鳥栖スタジアム)で全得点に絡み、日本代表のオリンピック出場獲得に貢献した。この年、Jリーグベストイレブンにも選出された。

2012年8月に開催されたロンドンオリンピックではグループリーグ第2戦モロッコ戦で永井謙佑の決勝点をアシストした[39]。全ての試合に出場するも、チームは4位に終わりメダルには届かなかった。

2012年11月14日、2014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選オマーン戦で代表初得点を決めた。

2014年5月12日にW杯ブラジル大会の日本代表メンバーに選出された[40]。出場機会は第3戦コロンビア戦のみで、後半終了間際の8分のみであった。12月、AFCアジアカップ2015に臨む日本代表にワールドカップ以来の復帰。大会を通して先発出場する事はなく、チームは準々決勝で敗れた。

2018 FIFAワールドカップ予選では、香川真司に代わってトップ下で先発出場する試合も増えており、最終予選第5戦のサウジアラビア戦では先制ゴールを決めるなどと活躍した。しかしその後は所属先のセビージャで出場出来ていないことなどもあって、第7戦イラク戦のメンバーから落選すると、以降は代表に選出されず本大会のメンバーからも外れた。

人物

  • 2024年、強度といったフィジカルや肉弾戦が重要視される近年のサッカーについては「Jリーグでも似たようなチームが増えてきましたよね。個性的なチームが少なくなっているというのは、個人的には感じています。もちろん、世界的に見ても強度が高くて、縦に速いサッカーっていうのが主流になってきているなかで、そこに対応しなければいけないっていうのはあります。だけど、ちょっと前のサッカーのように、意図を持ってボールをつなぎながら、アイデアやテクニックを駆使して相手を攻略していくというサッカーのほうが楽しかったなとは思います」と話した[41]
  • 長所は、サッカーセンスに溢れており、ゲームメイク力、多彩に蹴り分ける高精度のパスを持つ。また、運動量の多い選手である。[42]


所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2008大分28J1813010121
20092336120314
2010C大阪132541030294
20112570031288
2012816231-193
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2012-13ニュルンベルク13ブンデス1部314-10324
2013-14333-10343
2014-15ハノーファー28325-10335
2015-1610215-10225
スペイン リーグ戦 国王杯オープン杯 期間通算
2016-17セビージャ14プリメーラ4130-71
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2017C大阪46J11864040246
2018102042011235
20192711000271
202033841-379
20213222052394
20222429110343
20231320001030
2024604010110
鳥栖551010000101
2025大分28J240100050
通算日本J1 2694139423433049
日本J2 40100050
ドイツブンデス1部 11717-4012117
スペインプリメーラ 4130-71
総通算 3945943426446367

その他の公式戦

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2026大分28J2・J3
通算日本J2.J3
総通算
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2011C大阪1394
UEFAUEFA CL
2016-17セビージャ1420
AFCACL
2018C大阪1010
202150
通算AFC 154
通算UEFA 20
出場歴

その他の国際公式戦

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 43試合 5得点 (2011年 - 2017年)[2]
日本代表国際Aマッチ
出場得点
201150
201271
2013110
201430
201570
201694
201710
通算 435

出場

No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2011年8月10日日本の旗 札幌札幌ドーム大韓民国の旗 韓国○3-0アルベルト・ザッケローニキリンチャレンジカップ2011
2. 2011年9月2日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮○1-02014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
3. 2011年9月6日ウズベキスタンの旗 タシュケントパフタコール・マルカジイ・スタジアムウズベキスタンの旗 ウズベキスタン△1-1
4. 2011年11月11日タジキスタンの旗 ドゥシャンベドゥシャンベ・セントラル・スタジアムタジキスタンの旗 タジキスタン○4-0
5. 2011年11月15日朝鮮民主主義人民共和国の旗 平壌金日成競技場朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮●0-1
6. 2012年6月3日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002オマーンの旗 オマーン○3-02014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選
7. 2012年6月12日オーストラリアの旗 ブリスベンブリスベン・スタジアムオーストラリアの旗 オーストラリア△1-1
8. 2012年9月6日日本の旗 新潟東北電力ビッグスワンスタジアムアラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦○1-0キリンチャレンジカップ2012
9. 2012年9月11日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002イラクの旗 イラク○1-02014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選
10. 2012年10月12日フランスの旗 サン=ドニスタッド・ド・フランスフランスの旗 フランス○1-0国際親善試合
11. 2012年10月16日ポーランドの旗 ヴロツワフヴロツワフ市立競技場ブラジルの旗 ブラジル●0-4
12. 2012年11月14日オマーンの旗 オマーンスルタン・カーブース・スポーツコンプレックスオマーンの旗 オマーン○2-12014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選
13. 2013年2月6日日本の旗 神戸ホームズスタジアム神戸ラトビアの旗 ラトビア○3-0キリンチャレンジカップ2013
14. 2013年3月26日サウジアラビアの旗 ブライダキング・アブドゥッラー・スタジアムヨルダンの旗 ヨルダン●1-22014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選
15. 2013年5月30日日本の旗 豊田豊田スタジアムブルガリアの旗 ブルガリア●0-2キリンチャレンジカップ2013
16. 2013年6月4日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002オーストラリアの旗 オーストラリア△1-12014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選
17. 2013年6月11日カタールの旗 ドーハグランド・ハマド・スタジアムイラクの旗 イラク○1-0
18. 2013年6月15日ブラジルの旗 ブラジリアエスタジオ・ナシオナル・デ・ブラジリアブラジルの旗 ブラジル●0-3FIFAコンフェデレーションズカップ2013
19. 2013年9月6日日本の旗 大阪長居陸上競技場グアテマラの旗 グアテマラ○3-0キリンチャレンジカップ2013
20. 2013年9月10日日本の旗 横浜横浜国際総合競技場ガーナの旗 ガーナ○3-1
21. 2013年10月11日セルビアの旗 ノヴィ・サドスタディオン・カラジョルジェセルビアの旗 セルビア●0-2国際親善試合
22. 2013年11月16日ベルギーの旗 ヘンククリスタル・アレナオランダの旗 オランダ△2-2
23. 2013年11月19日ベルギーの旗 ブリュッセルボードワン国王スタジアムベルギーの旗 ベルギー○3-2
24. 2014年3月5日日本の旗 新宿国立霞ヶ丘競技場陸上競技場ニュージーランドの旗 ニュージーランド○4-2キリンチャレンジカップ2014
25. 2014年5月27日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002キプロスの旗 キプロス○1-0
26. 2014年6月24日ブラジルの旗 クイアバパンタナルアリーナコロンビアの旗 コロンビア●1-42014 FIFAワールドカップ
27. 2015年1月12日オーストラリアの旗 ニューカッスルニューカッスル国際スポーツセンターパレスチナの旗 パレスチナ○4-0ハビエル・アギーレAFCアジアカップ2015
28. 2015年1月16日オーストラリアの旗 ブリスベンブリスベン・スタジアムイラクの旗 イラク○1-0
29. 2015年1月20日オーストラリアの旗 メルボルンメルボルン・レクタンギュラー・スタジアムヨルダンの旗 ヨルダン○2-0
30. 2015年3月27日日本の旗 大分大分スポーツ公園総合競技場チュニジアの旗 チュニジア○2-0ヴァイッド・ハリルホジッチキリンチャレンジカップ2015
31. 2015年10月8日オマーンの旗 マスカットシーブ・スタジアムシリアの旗 シリア○3-02018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップ2019・2次予選
32. 2015年10月13日イランの旗テヘランアザディ・スタジアムイランの旗 イラン△1-1国際親善試合
33. 2015年11月12日シンガポールの旗 カランシンガポール国立競技場シンガポールの旗 シンガポール○3-02018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選
AFCアジアカップ2019・2次予選
34. 2016年3月24日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002アフガニスタン・イスラム共和国の旗 アフガニスタン○5-0
35. 2016年3月29日シリアの旗 シリア○5-0
36. 2016年6月3日日本の旗 豊田豊田スタジアムブルガリアの旗 ブルガリア○7-2キリンカップサッカー2016
37. 2016年6月7日日本の旗 吹田市立吹田サッカースタジアムボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ●1-2
38. 2016年9月1日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002アラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦●1-22018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
39. 2016年10月6日イラクの旗 イラク○2-1
40. 2016年10月11日オーストラリアの旗 メルボルンドックランズ・スタジアムオーストラリアの旗 オーストラリア△1-1
41. 2016年11月11日日本の旗 鹿嶋茨城県立カシマサッカースタジアムオマーンの旗 オマーン○4-0キリンチャレンジカップ2016
42. 2016年11月15日日本の旗 さいたま埼玉スタジアム2002サウジアラビアの旗 サウジアラビア○2-12018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
43. 2017年3月28日タイ王国の旗 タイ○4-0

得点

#開催年月日開催地 スタジアム対戦国勝敗試合概要
1.2012年11月14日オマーンの旗 マスカット スルタン・カーブース・スポーツ・コンプレックスオマーンの旗 オマーン○2-12014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選
2.2016年3月24日日本の旗 さいたま 埼玉スタジアム2002アフガニスタン・イスラム共和国の旗 アフガニスタン○5-02018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップ2019・2次予選
3.2016年6月7日日本の旗 吹田 市立吹田サッカースタジアムボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ●1-2キリンカップサッカー2016
4.2016年11月11日日本の旗 鹿嶋 県立カシマサッカースタジアムオマーンの旗 オマーン○4-0キリンチャレンジカップ2016
5.2016年11月15日日本の旗 さいたま 埼玉スタジアム2002サウジアラビアの旗 サウジアラビア○2-12018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選

タイトル

クラブ

大分トリニータ
セレッソ大阪

個人

その他特記事項

著書

  • 明日への足音小学館、2014年。ISBN 978-4093883610https://web.archive.org/web/20160304170142/http://www.shogakukan.co.jp/books/09388361 
  • だから僕は、前に進める。ワニブックス、2014年。ISBN 978-4847092282https://www.wani.co.jp/event.php?id=4306 

学業について

2003年から開設している早稲田大学人間科学部eスクール(通信教育課程)の2008年度募集分にて、同学部健康福祉科学科にスポーツ分野特別推薦枠で出願し、合格している[43]

脚注

関連項目

外部リンク

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