岩橋健一郎
From Wikipedia, the free encyclopedia
岩橋 健一郎 (いわはし けんいちろう、英: Kenichiro Iwahashi、1964年9月4日 - ) は、大阪府出身[1]の元オートバイ・ロードレーサー。1990年の全日本ロードレース選手権 TT F1クラスチャンピオン[2]。1990年TTフォーミュラ世界選手権 FIMカップSUGO大会 優勝者[3]。
1980年、16歳で初めて50ccオートバイに乗り、2輪の魅力を知る。17歳で中型二輪免許を取得すると、地元に近い箕面の山道をヤマハ・RZ350で走り込み運転技術を磨く。この頃は同じ峠を走っていたのちの国際A級ライダー、大島正にあこがれて背中を追いかけていた[4]。峠を走っていた仲間の紹介で東大阪にあった「ヤマモトレーシング」の山本英人代表と知り合い、中山サーキットでロードレース参戦開始。1985年秋には鈴鹿サーキットの入門者カテゴリー「サンデーロードレース[5]」にも参戦しはじめる。1986年7月の「鈴鹿4時間耐久レース」でコースレコードを更新してのポールポジション獲得など、特に鈴鹿でその名が知られていく[6]。1987年シーズンより国際A級に特別昇格し、ヤマモトレーシングが仕上げたホンダ・VFR750Fでトップグループの一員となっていく[7]。1988年は開幕戦からホンダ・VFR750 (RC30)で参戦。SUGOで行われたワールドスーパーバイク第5戦では、ヤマハ・ワークスのマイケル・ドゥーハンに次ぐ2位表彰台(日本人最上位)に立つなど、好結果で存在をアピールした。全日本のシリーズ戦では、プライベーター最上位となるランキング6位を獲得する。
1989年、3月末にマレーシアに遠征し、セランゴール・サーキットでのスーパーバイクGPで優勝[8]。全日本第4戦鈴鹿では、大雨の中行なわれた決勝レースにてRC30でトップ独走、三浦昇や大島行弥など実力者に16秒の大差をつけて制覇し全日本初優勝を挙げる[9]。RC30でのワークスマシン勢を上回る好成績はホンダ・ワークスの注目する所となり、シーズン終盤にはワークス仕様車RVF750を貸与された。
1990年には最新仕様ではなかったが、開幕戦からワークスマシンRVF750を貸与され[10]、TT F1クラスのタイトル争いを展開。チャンピオン経験者の宮崎祥司を破って全日本チャンピオンを獲得する。この実績により、これまでは4ストロークマシンでの参戦が長かったが、2ストローク500ccマシンであり世界最高峰のWGP500クラス(現MotoGP)に直結する「ホンダ・NSR500」に乗るチャンスをつかみ、チーム・ブルーフォックスに移籍。翌シーズンから全日本選手権500ccクラスへフル参戦することになる。
1991年より全日本500ccクラスに参戦、NSR500への順応も早く、伊藤真一、藤原儀彦、平忠彦ら500での実績豊富なトップ選手と同等のラップタイムを記録、優勝争いの一角に食い込み始める。500ccでの2戦目となる全日本第3戦鈴鹿では、ピーター・ゴダード、藤原を抑えて500cc初優勝を挙げる。第9戦SUGO、第14戦鈴鹿でも優勝し、500ccルーキーながら3度の優勝、ランキング4位獲得と活躍を見せた。全日本500ccクラスが休止となる1993年シーズンまで3シーズンを、ブルーフォックスからNSR500で参戦した。
全日本での500ccクラス休止[11]のため、1994年はチーム桜井ホンダへ移籍。新たに最上位カテゴリーとなった全日本スーパーバイククラスに参戦し、最高位7位のランキング14位となる。同年7月の鈴鹿8時間耐久レースでは、青木治親とのコンビで「ウルトラマンパワード・桜井ホンダレーシング」としてホンダ・RC45で参戦、7位に入賞[12]。桜井ホンダレーシングから参戦した1995年シーズンは、全日本スーパーバイクランキング31位で終えた[13]。
1996年からMOTO WIN レーシング(大阪府吹田)の鈴木慎吾と組み、ネイキッドの祭典「NK4 鈴鹿4時間耐久レース」にホンダ・CB400SFで参戦。1997年大会では3時間経過時にペースカーが入る展開となったレースで最後の1時間を担当すると、ペースカー明けのリスタート時にすかさずスパートをかけ2位との差を一気に7秒に広げ、チームの優勝に大きく貢献した[14]。
レース戦歴
全日本ロードレース選手権
| 年 | チーム | マシン | 区分 | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1987年 | ヤマモトエンジニアリング | ホンダ・VF750 ホンダ・VFR750F |
国際A級 | TT F1 | SUZ |
SUZ |
SUG |
SUZ |
TSU 10 |
SUG Ret |
SUG |
SUZ 12 |
TSU |
24位 | 9 | ||||||
| 1988年 | ヤマモトレーシング | ホンダ・VFR750 RC30 | SUZ 10 |
SUZ |
SUG 11 |
SUZ 6 |
SUG 8 |
TSU 4 |
6位 | 45 | |||||||||||
| 1989年 | ホンダ・VFR750 RC30 ホンダ・RVF750 |
SUZ 5 |
SUZ 1 |
TSU 7 |
SUZ 4 |
SUG |
SUZ |
SUG 3 |
TSU 4 |
5位 | 84 | ||||||||||
| 1990年 | B.V.D ヤマモトレーシング | ホンダ・VFR400R | TT F3 | SUZ 1 |
- | NIS - |
TSU - |
SUZ - |
- | SUG - |
FSW - |
- | SEN - |
- | TSU - |
14位 | 20 | ||||
| ホンダ・RVF750 | TT F1 | SUZ 1 |
SUZ 2 |
- | - | SUZ 2 |
TSU 1 |
SUG 2 |
- | SUZ 3 |
- | SUG 3 |
TSU Ret |
1位 | 121 | ||||||
| 1991年 | an Teamブルーフォックス | ホンダ・RVF750 | SUZ - |
- | SUZ - |
SUG - |
- | SUZ 3 |
TSU - |
SUG - |
- | MIN - |
SUZ - |
SUG - |
TSU - |
20位 | 15 | ||||
| クノール Teamブルーフォックス | ホンダ・NSR500 | 500cc | - | TSU 11 |
SUZ 1 |
SUG 2 |
TSU 5 |
- | TSU 8 |
SUG 1 |
FSW 3 |
MIN 7 |
SUZ 1 |
SUG 5 |
TSU 8 |
4位 | 147 | ||||
| 1992年 | Team ブルーフォックス | ホンダ・NSR500 | MIN C |
TSU 7 |
SUG Ret |
SUZ 6 |
TSU 6 |
SUZ |
SUG 5 |
FSW 6 |
SUZ 4 |
SEN C |
SUG 4 |
TSU 4 |
6位 | 92 | |||||
| 1993年 | ホンダ・NSR500 | SUZ 3 |
SUG 5 |
TSU 3 |
SUZ 2 |
SUG 5 |
SUZ 5 |
SUG 6 |
TSU 9 |
4位 | 100 | ||||||||||
| 1994年 | Team桜井ホンダ | ホンダ・RVF750 RC45 | SB | SUZ 11 |
MIN 9 |
SUG1 |
SUG2 |
TSU 13 |
FSW 13 |
SUZ |
SUG1 12 |
SUG2 11 |
SUZ1 7 |
SUZ2 |
TIA |
SUG1 9 |
SUG2 10 |
TSU 15 |
14位 | 37.5 | |
| 1995年 | ホンダ・RVF750 RC45 | 国際 | SUG1 15 |
SUG2 10 |
TSU |
FSW |
SUZ |
SUG1 |
SUG2 |
MIN |
SUZ1 |
SUZ2 |
TIA |
SUG1 |
SUG2 |
SUZ |
31位 | 3.5 | |||
| 1999年 | カストロール・ハルクプロ | ホンダ・VTR1000 | S-NK | MIN - |
SUG 2 |
TSU Ret |
SUZ - |
MOT - |
SUG 4 |
SUZ - |
TSU - |
T I - |
MOT - |
9位 | 17 | ||||||
- 太字はポールポジション。
スーパーバイク世界選手権
| 年 | マシン | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 順位 | ポイント | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| R1 | R2 | R1 | R2 | R1 | R2 | R1 | R2 | R1 | R2 | R1 | R2 | R1 | R2 | R1 | R2 | R1 | R2 | R1 | R2 | R1 | R2 | ||||
| 1988年 | ホンダ・VFR | GB1 - |
GB2 - |
HU1 - |
HU2 - |
DE1 - |
DE2 - |
AT1 - |
AT2 - |
JP1 Ret |
JP2 2 |
FR1 - |
FR2 - |
PT1 - |
PT2 - |
AU1 - |
AU2 - |
NZ1 - |
NZ2 - |
33位 | 8.5 | ||||
| 1989年 | ホンダ・VFR | GB1 - |
GB2 - |
HU1 - |
HU2 - |
CA1 - |
CA2 - |
US1 - |
US2 - |
AT1 - |
AT2 - |
FR1 - |
FR2 - |
JP1 6 |
JP2 2 |
DE1 - |
DE2 - |
IT1 - |
IT2 - |
AU1 - |
AU2 - |
NZ1 - |
NZ2 - |
24位 | 27 |
| 1994年 | ホンダ・RVF/RC45 | GB1 - |
GB2 - |
DE1 - |
DE2 - |
SM1 - |
SM2 - |
ES1 - |
ES2 - |
AT1 - |
AT2 - |
ID1 - |
ID2 - |
JP1 15 |
JP2 20 |
NL1 - |
NL2 - |
IT1 - |
IT2 - |
GB1 - |
GB2 - |
AU1 - |
AU2 - |
64位 | 1 |
- 斜体はファステストラップ。
鈴鹿8時間耐久ロードレース
| 年 | チーム | ペアライダー | 車番 | マシン | 予選順位 | 決勝順位 | 周回数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1987 | ヤマモトレーシング | リチャード・ムーア | 19 | ホンダ・VFR750F | 31位 | 13位 | 187 |
| 1988 | 平井秀和 | 46 | ホンダ・VFR750R RC30 | 13位 | 19位 | 190 | |
| 1989 | B.V.D ヤマモトレーシング | 平井秀和 | 86 | ホンダ・VFR750R RC30 | 14位 | 11位 | 194 |
| 1990 | 前田淳 | 46 | ホンダ・RVF750 | 2位 | 8位[15] | 200 | |
| 1991 | an Teamブルーフォックス | 宮崎祥司 | 16 | ホンダ・RVF750 | 3位 | 10位 | 183 |
| 1992 | 武石伸也 | 8 | ホンダ・RVF750 | 1位 | 3位 | 206 | |
| 1993 | 武石伸也 | 8 | ホンダ・RVF750 | 2位 | 6位 | 205 | |
| 1994 | ウルトラマンパワード・桜井ホンダ | 青木治親 | 78 | ホンダ・RVF750 / RC45 | 14位 | 7位 | 180 |
| 1998 | Spec-A ヤマモトレーシング | 小西良輝 | 77 | ホンダ・CBR900RR | 21位 | 28位 | 189 |
| 1999 | PIAA マルタ Teamハルク・プロ | 山口辰也 | 22 | ホンダ・VTR1000F | 59位 | Ret | 11 |
脚注
出典
- ↑ 「1988国際A級F1クラスランキング ライダー所属都府県」『ライディング No.228』MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会、1989年1月1日、24頁。
- ↑ MFJ歴代チャンピオン 1990 SUPERBIKE.jp
- ↑ 「'90TTフォーミュラFIMカップ第1戦SUGO 開幕戦を日本人ライダー岩橋が制す」『ライディング No.248』MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会、1990年7月1日、24頁。
- ↑ ヤマモトレーシング物語・速さの秘密 ヤマモトレーシング (2025年11月15日閲覧)
- ↑ 鈴鹿サンデーロードレースとは世界を目指すライダーの登竜門 SUZUKA CIRCUIT (2025年11月25日閲覧)
- ↑ 「日本の明日を担うジュニア・オールスター ポールシッターの岩橋健一郎は鈴鹿でかなり名の通ったノービスでセンス充分。上のクラスで走っても成績を残すだろう。」『別冊サイクルワールド 鈴鹿8時間&4時間耐久オートバイレース特集号 』 CBS・ソニー出版、1986年9月10日、45頁。
- ↑ 鈴鹿メモリアルマシン22 ホンダVFR750F(1987 ヤマモトレーシング) コカ・コーラ鈴鹿8耐スペシャルサイト (2017年6月15日)
- ↑ 「FIM海外情報 岩橋健一郎がスーパーバイクのマレーシアGPで優勝」『ライディング No.235』MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会、1989年7月1日、41頁。
- ↑ 「雨の鈴鹿で白熱ヒート展開 TT-F1」『ライディング No.234』MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会、1989年6月1日、67頁。
- ↑ BIKEJIN・山本秀人さん(YAMAMOTO RACING) ライダースクラブ (2025年7月1日)
- ↑ 「全日本ロードレースGP500ccクラス開催を休止」『ライディング No.293』1994年1月1日、27頁。
- ↑ 8耐を走ったGP王者たち Vol.12 2017鈴鹿8耐スペシャルサイト (2017年5月14日)
- ↑ 「1995全日本ロードレース 国際スーパーバイククラスシリーズランキング」『ライディング No.319』MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会、1996年1月1日、70頁。
- ↑ 「波乱となったネイキッド4時間耐久レース」『ライディング No.337』MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会、1997年8月1日、61頁。
- ↑ V4「400」全盛、あの時代 BikeBros. (2009年11月27日)
| タイトル | ||
|---|---|---|
| 先代 ダグ・ポーレン |
全日本ロードレース選手権TT-F1 チャンピオン 1990 |
次代 宮崎祥司 |