文化7年(1810年)9月19日、島津一門四家の垂水島津家当主貴柄の長男として生まれる。文政11年(1828年)、重富島津忠貫の娘お絮(いと)と結婚する。天保2年(1831年)、父の隠居にともなって家督を相続する。活動としては領内各地を巡検するなどしている。また賢君であったという。
天保9年(1838年)、家臣伊地知季虔に桜島安永大噴火の様子を記した「桜島燃記」をまとめさせている。
嘉永4年(1851年)、藩主に襲封した島津斉彬に、他の一門家当主とともに登城している。
安政3年(1856年)、隠居して家督を子の貴敦に譲った。元治2年(1865年)1月18日死去。享年56。