貞享元年(1684年)、島津久逵の次男として生まれる。兄・久基が早世したため、嫡男となる。元禄3年(1690年)、藩主・島津綱貴の久逵邸御成の際に、綱貴の加冠で元服した。
宝永2年(1705年)、藩主・島津吉貴の帰国許可の謝使として江戸城に登城し、将軍・徳川綱吉に拝謁する。宝永5年(1708年)、大目付となり職田500石を賜る。正徳元年(1711年)、島津吉貴より、父・久逵の功績を賞されて島津姓を代々名乗ることを許される。享保3年(1718年)、父の隠居により家督相続、国老となり1300石の職田を賜る。高岡地頭職となる。
享保17年(1732年)、藩主・島津継豊の三男・久峰を極秘のうちに養子とし、直子とする。延享2年(1745年)10月5日没、享年62。
家督は養子の久峰が相続した。