有馬ヘルス音頭
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倒産寸前であった神戸電鉄の安定経営を求めるべく[2]、阪急電鉄の全面的な応援のもとで1961年(昭和36年)に設立された有馬興業(神戸電鉄が33.3%を出資して神戸電鉄グループに加盟)は[1]、阪急沿線において宅地開発や木造住宅の販売を行うほか[1]、神戸市北区の有馬温泉郷において遊園地・空中風呂・プール・宿泊施設・直営劇団などを有した大規模テーマパーク「有馬ヘルスセンター」をオープン[1]、年間約60万人が入園する関西屈指のレジャー施設として順調に営業されていた[1]。
開業1周年を迎えた1963年(昭和38年)は
- 神戸電鉄有馬線の急行新造車増車投入(4月16日)[2]
- 神戸市バス三宮 - 有馬町間直行バス5往復の開設(7月1日)[3][1]
- 三宮 - 有馬町間直行バス神鉄バス3往復・神姫バス3往復の開業(7月1日)[3]
- 京都河原町駅・烏丸駅への巨大PR看板の設置(9月26日)[1]
- 遊園地にグリーンスライダー・迷路・小鳥の家を新設(9月28日)[1]
- 神鉄バス有馬温泉駅 - 有馬ヘルスセンター間の開業(12月1日)[1]
- テレビCMの放映スタート(12月24日)
と有馬ヘルスセンターにとっては話題づくしの年で[1]、神戸電鉄・有馬興業では、同施設のキャンペーンの一環としてオリジナル音頭の制作が決定された[1]。
1964年版
1967年版
一般的に「有馬ヘルス音頭」といえばこの1967年(昭和42年)版を指し[1]、レコーディングも行われたためこちらのほうが知名度は高い[1]。
1964年(昭和39年)同様に全国各地から広く歌詞を募集[1]、当時「歌のおばさん」として全国的な人気を博した安西愛子が曲をつけた[1]。作詞を有馬六瓢(補詞高田直和)[1]が担当して1967年(昭和42年)4月29日にリリース[1]。
3月3日に朝日放送スタジオで安西愛子によるレコーディングが行われ[1]、ソノシート(レコードの一種)も製作された[1]。
リリース日は同年4月24日から開催されていた「開業5周年ヘルスまつり」の最終日であり[1]、「有馬ヘルス音頭発表会」を開催して安西愛子によって披露された[1]。これを記念して有馬ヘルスセンター内のニジマス釣り池(現在の神鉄有馬ます池とは別物)において「ます早釣り競走大会」も開催されている[1]。