有馬ヘルス音頭

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有馬ヘルス音頭』(ありまヘルスおんど)は、神戸電鉄とその関連会社である有馬興業によって、同社が経営する有馬ヘルスセンターのキャンペーンの一環として制作されたオリジナル音頭[1]

1964年(昭和39年)版と1967年(昭和42年)版の2種類がある[1]

倒産寸前であった神戸電鉄の安定経営を求めるべく[2]阪急電鉄の全面的な応援のもとで1961年(昭和36年)に設立された有馬興業(神戸電鉄が33.3%を出資して神戸電鉄グループに加盟)は[1]、阪急沿線において宅地開発や木造住宅の販売を行うほか[1]神戸市北区有馬温泉郷において遊園地・空中風呂・プール・宿泊施設・直営劇団などを有した大規模テーマパーク「有馬ヘルスセンター」をオープン[1]、年間約60万人が入園する関西屈指のレジャー施設として順調に営業されていた[1]

開業1周年を迎えた1963年(昭和38年)は

と有馬ヘルスセンターにとっては話題づくしの年で[1]、神戸電鉄・有馬興業では、同施設のキャンペーンの一環としてオリジナル音頭の制作が決定された[1]

1964年版

1964年(昭和39年)に制作されたバージョンである[1]。当初は「有馬ヘルスセンター音頭」と称されていた[1]

1963年(昭和38年)11月10日を締め切りとして全国で広く歌詞を募集[1]宝塚歌劇団渡辺武雄内海重典をはじめ大物作曲家による厳重な審査のもと[1]、翌年の1964年(昭和39年)2月8日近江八幡市南英市による作品が選ばれた[1]

同年4月28日に発表[1]、有馬ヘルスセンター内の演芸場で当時スターの初音礼子をはじめ宝塚新芸座による発表会が開催された[1]

1967年(昭和42年)版が発表されて以降は「有馬ヘルス音頭」とも呼ばれている[1]

1967年版

一般的に「有馬ヘルス音頭」といえばこの1967年(昭和42年)版を指し[1]レコーディングも行われたためこちらのほうが知名度は高い[1]

1964年(昭和39年)同様に全国各地から広く歌詞を募集[1]、当時「歌のおばさん」として全国的な人気を博した安西愛子が曲をつけた[1]。作詞を有馬六瓢(補詞高田直和[1]が担当して1967年(昭和42年)4月29日にリリース[1]

3月3日朝日放送スタジオで安西愛子によるレコーディングが行われ[1]ソノシートレコードの一種)も製作された[1]

リリース日は同年4月24日から開催されていた「開業5周年ヘルスまつり」の最終日であり[1]、「有馬ヘルス音頭発表会」を開催して安西愛子によって披露された[1]。これを記念して有馬ヘルスセンター内のニジマス釣り池(現在の神鉄有馬ます池とは別物)において「ます早釣り競走大会」も開催されている[1]

有馬ヘルス音頭の現況

備考

脚注

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