朝鮮哲学
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朝鮮哲学の歴史は朝鮮神話や巫俗(シャーマニズム)にさかのぼる[3][6][7]。
朝鮮三国時代から高麗期には、中国から儒教・仏教・道教が伝来した(朝鮮の儒教、朝鮮の仏教、道教#韓国)。特に元暁・義湘・義天・知訥らの仏教哲学や、「花郎道」が栄えた[3]。
李氏朝鮮では、李滉(李退渓)の四端七情論、李珥(李栗谷)の理通気局説といった朝鮮朱子学のほか、徐敬徳(徐花潭)の気一元論、李瀷(李星湖)や丁若鏞(丁茶山)の実学が起こり[3][8]、陽明学[9]、清朝考証学[8]、西学(キリスト教)も受容された[10](朝鮮のキリスト教、李氏朝鮮の学問)。李氏朝鮮末期には開化思想や東学(天道教)が起こった[3]。
「中国哲学」や「日本哲学」と同様、伝統思想を西洋由来の「哲学」という言葉で呼んで良いのか、朝鮮に固有の哲学はあるのか、という議論もある[11][12]。
近現代
日本統治時代、安浩相ら欧米留学生や京城帝国大学、雑誌『開闢』などを介して西洋哲学が紹介された[13]。(西洋哲学の受容は李氏朝鮮末期の兪吉濬らにさかのぼる[13]。) また高橋亨・藤塚鄰・阿部吉雄ら日本人朝鮮学者や[14]、李能和らが伝統思想の研究を開拓した[15]。
戦後韓国の代表的哲学者として朴鍾鴻が挙げられる[16][17][18]。朴鍾鴻はハイデガーや論理実証主義を研究するとともに[19][20]、京都学派の影響のもと「韓国哲学」の構築を試みた[16]。
韓国語の哲学用語は「哲学」「理性」「存在」など日本と同様の訳語(漢字語)が使われている[21]。一方、柳永模や咸錫憲は日常的な固有語による哲学を試みている[22]。
21世紀の韓国には、哲学科のある大学は50校ほどあるが、講義の過半数は西洋哲学であり東洋哲学・韓国哲学は少ない[23]。科学哲学からポストモダニズムまで広く研究されている[20][24]。
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)では、チュチェ思想(主体思想)が中核思想であり[25]、チュチェ史観・唯物史観により伝統思想が研究されている[26][27][28]。
