露木康浩
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| 露木 康浩 つゆき やすひろ | |
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| 生年月日 | 1963年8月8日(62歳)[1] |
| 出生地 |
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| 出身校 |
高槻中学校・高等学校[2] 京都大学法学部[1][2] |
| 内閣 |
第1次高市内閣 第2次高市内閣 |
| 在任期間 | 2025年10月21日[3][4] - 現職 |
| 在任期間 | 2022年8月30日[5][6] - 2025年1月27日[7][8][9] |
| 在任期間 | 2021年9月22日[10] - 2022年8月30日[5] |
| 在任期間 | 2020年1月17日[11] - 2021年9月22日[10] |
| 在任期間 | 2018年8月31日[12] - 2020年1月17日[11] |
露木 康浩(つゆき やすひろ、1963年8月8日[1] - )は、日本の警察官僚。内閣官房副長官(事務担当)、第6代内閣人事局長[3][4][13][14]、内閣感染症危機管理監[15]。第30代警察庁長官を務めた。
大阪府枚方市出身[2]。高槻中学校・高等学校 (34期)を経て[2][16]、京都大学法学部を卒業後、1986年 (昭和61年)、警察庁に入庁[1][2][17]。高校1年生の時に亡くなった父の「世のため、人のためになるんだぞ」という言葉をきっかけに、警察官僚を志したという[18]。
刑事部門が長く、入庁後、長崎県警察本部刑事部捜査第二課長、警視庁刑事部捜査第二課管理官、警察庁刑事局刑事企画課課長補佐、埼玉県警察本部刑事部長、警察庁刑事局刑事企画課刑事指導室長、内閣法制局第二部参事官、警察庁刑事局刑事企画課長、警視庁刑事部長、警察庁刑事局組織犯罪対策部長などを歴任[1][17]。長崎県警察本部刑事部捜査第二課長の際には、町長汚職事件の捜査指揮に取り組み[17]、警察庁刑事局刑事企画課課長補佐の際には、地下鉄サリン事件を受け、サリンなど強毒性物質の製造・所持・発散等を規制する緊急立法を若手4~5人で担当し、自ら素案を作成して野中広務国家公安委員長に提案した[17][18]。自ら条文を書いた法案は1カ月以内に原料物質の購入も予備罪として処罰される「サリン人身被害防止法」として成立した[18][19]。さらに、暴力団対策法の制定作業にも携わった[20]。その後、警察庁長官官房総務課課長補佐として、同課係長時代に痛感した不正アクセス対策法制の見直しに取り組み、その作業は不正アクセス禁止法の成立へと結び付いた[17]。加えて、必要性に応じて警察庁が指示をし、都道府県警が管轄を超えて広域犯罪を捜査できるようにする警察法改正にも携わった[18][19][20]。
また、埼玉県警察本部刑事部長の際には、新井正則前衆院議員派の埼玉八区選挙違反事件、熊谷・四人殺傷事件、パチンコ店員連続強盗殺人・死体遺棄事件、美里町保険金殺人・同未遂事件などの重大事件で指揮を執り、解決に導いた[17][21]。
さらに、警察庁刑事局刑事企画課刑事指導室長としては、携帯電話契約者本人確認制度の導入や捜査用DNAデータベースの構築、裁判員裁判制度への対応に取り組んだ[17]。
その後、内閣法制局第二部参事官として100本を超える法令案の条文審査を担当し、警察庁刑事局組織犯罪対策部暴力団対策課長としては、全国の都道府県で施行された暴力団排除条例の施行指導や暴力団対策法改正案の取りまとめに取り組んだ[17]。
2018年8月31日、第34代警察庁刑事局長に就任[12][22][23]。
2020年1月17日、第43代警察庁長官官房長に就任[11][24][25]。
2021年9月22日、第38代警察庁次長に就任[10][26][27]。約11か月の在任中、安倍元首相銃撃事件を受け、警護体制の「検証・見直しチーム」のトップを務め、奈良市の事件現場を訪れるなど検証作業を進め、要人警護に対する警察庁の関与を強化した新たな警護要則の制定に取り組んだ[6][18][20]。
2022年8月30日、第30代警察庁長官に就任[5][6][18][20][28][29]。約2年5か月の在任中、安倍晋三元首相銃撃事件後の要人警護の見直しを図り[9][30]、治安情勢の変化や前例踏襲などによって生じる「警戒の空白」を防ぐための体制を構築した[9]。さらに、ローンオフェンダーや「匿名・流動型犯罪グループ」などの新たな治安課題への対策に取り組んだほか[9][30]、関東管区警察局にサイバー特別捜査部を新設した[31]。2025年1月27日、勇退[7][8][9][30][32][33]。