松山康久

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1943-09-04) 1943年9月4日(82歳)
松山康久
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都府中市
生年月日 (1943-09-04) 1943年9月4日(82歳)
所属団体 日本中央競馬会
初免許年 1974年(1976年開業)
引退日 2014年
通算勝利 7789戦1013勝
(中央7700戦1001勝、地方89戦12勝)
重賞勝利 38勝(中央37勝、地方1勝)
G1級勝利 8勝(中央7勝、地方1勝)
経歴
所属 松山吉三郎/調教助手(1966年 - 1974年)
東京競馬場/調教師(1974年 - 1978年)
美浦T.C./調教師(1978年 - 2014年)
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松山 康久(まつやま やすひさ、1943年9月4日 - )は日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属した調教師である。

調教助手を経て1974年に調教師免許を取得し、1976年に開業。1983年に中央競馬史上3頭目のクラシック三冠を達成したミスターシービーをはじめ、1989年の東京優駿(日本ダービー)優勝馬ウィナーズサークルGI競走2勝を挙げたジェニュインなどを手がけた。1994年度JRA最多勝利調教師。2014年に70歳定年により引退。通算成績は7789戦1013勝(うちJRA7700戦1001勝)。

東京都府中市出身。父は騎手・調教師の松山吉三郎調教師顕彰者)。叔母はバレエダンサー松山樹子松山バレエ団創始者)。

1943年、当時日本競馬会の騎手であった松山吉三郎の次男として生まれる[1]。名門・尾形藤吉厩舎に所属していた父のもとで、数々の名馬を目の当たりにしながら育ち、幼少期は2歳上の兄と共に騎手を目指していた[1]。しかし中学時代に体格が大きくなり過ぎたことから断念し、目標を獣医師に改め、明星中学校・高等学校を経て麻布獣医科大学(現・麻布大学)に進学[1]。大学では馬術部に所属した[1]。卒業後、北海道日東牧場で1年間研修したのち、1966年に父・吉三郎厩舎へ調教助手として入る[1]。1968年からはアメリカフランスで1年3カ月間の研修を積んだ[1]。帰国後、吉三郎のもとで改めて助手を務め、1974年に調教師免許を取得。1976年、東京競馬場で厩舎を開業した[注 1]

翌1977年にギャラントダンサー朝日杯3歳ステークスを制し、重賞初勝利。1979年には調教技術賞を初受賞し、以後毎年のように賞を受ける有力調教師となる。1983年には吉三郎厩舎の兄弟子である吉永正人が駆るミスターシービーが皐月賞を制し、八大競走初制覇を果たす。同馬は続く二冠目の東京優駿も制し、これに伴い松山は史上初となる父・吉三郎と親子でのダービートレーナーとなった。さらにミスターシービーは秋の菊花賞も制し、シンザン以来19年ぶり・史上3頭目のクラシック三冠を達成。同年、松山は最優秀調教師に選出された。シービーは翌1984年、グレード制が導入されGI競走となった天皇賞(秋)にも優勝し「四冠馬」となっている。1989年にはウィナーズサークルが、管理馬のウィナーズサークルが東京優駿を制し、2勝目を挙げた。

1994年、年間40勝を挙げて全国リーディングトレーナー(最多勝利調教師)となる。1995年、1996年にはジェニュインがそれぞれ皐月賞とマイルチャンピオンシップに優勝した。2004年にはカフェオリンポスジャパンダートダービーに優勝。2007年には関東3位(全国7位)の37勝を挙げるなど安定した成績を保っている。

2014年1月26日、2月28日の定年を前にJRA史上14人目の通算1000勝を達成[2]。父・吉三郎と親子での1000勝達成は史上初の記録であった[2]。更に、史上初となる親子調教師顕彰者にも選出された。

2025年4月25日、「第4回競馬功績者表彰」として農林水産省より表彰された[3]。調教師としては初の親子での殿堂入りとなった。

調教師成績

区分1着2着3着4着以下出走数勝率連対率
1976年平地5764462.081.194
障害332513.231.462
81084975.107.240
1977年平地125115684.143.202
障害11158.125.250
136126192.141.207
1978年平地13191955106.123.302
障害22329.222.444
15212257115.130.313
1979年平地24111163109.220.321
障害22127.286.571
26131265116.224.336
1980年平地17201958114.149.325
障害11259.111.222
18212163123.146.317
1981年平地2220124599.222.424
障害20114.500.500
24201346103.233.427
1982年平地25101073118.212.297
障害01023.000.333
25111075121.207.298
1983年平地281018101157.178.242
障害00123.000.000
281019103160.175.238
1984年平地24262198169.142.296
1985年平地311912108170.182.294
1986年平地28212392164.171.299
1987年平地302928101188.160.314
1988年平地262316116181.144.271
1989年平地343134116215.158.302
1990年平地312120138210.148.248
1991年平地181421121174.103.184
1992年平地291429130202.144.213
障害00011.000.000
291429131203.143.212
1993年平地251621150212.118.193
障害21249.222.333
271723154221.122.199
1994年平地402527129221.181.294
障害01146.000.167
402628133227.176.221
1995年平地262624132208.125.250
1996年平地332820134215.153.284
障害261918.111.444
353421142233.150.296
1997年平地393137137240.160.287
障害00011.000.000
393137138241.159.286
1998年平地353834132239.146.305
1999年平地323016186264.121.235
2000年平地311923140213.146
障害00044.000.000
311923144217.143.230
2001年平地301926169244.123.201
2002年平地332935154251.131.247
2003年平地342226179259.131.216
障害00011.000.000
342226180260.131.215
2004年平地292717172245.118.229
障害100011.0001.000
302717172246.122.232
2005年平地222813157220.100.227
障害10089.111.111
232813165229.100.223
2006年平地211920250310.068.129
障害00011.000.000
211920251311.068.129
2007年平地372623161247.150.255
障害00022.000.000
372623163249.149.253
2008年平地171223186238.071.122
障害11147.143.286
181324190245.073.127
2009年平地182033148219.082.174
障害0001010.000.000
182033158229.079.166
2010年平地201327163223.090.148
障害01012.000.500
201427164225.089.151
2011年平地191912168218.087.174
障害00011.000.000
191912169219.087.174
2012年平地221919197257.086.160
障害013711.000.091
222022204268.082.157
2013年平地171716171221.077.154
障害3131421.143.190
201819185242.083.157
2014年平地3513645.067.178
障害00044.000.000
3514049.061.163
平地9807888014,9667,535.130.235
障害211222100165.127.261
総計1,0018108235,0667,700.130.236

※上記のほか、地方競馬で89戦12勝。

日付競走名馬名頭数人気着順
初出走1976年3月6日-ラスティー--3着
初勝利1976年5月3日障害300万下クロバーウィング--1着
重賞初出走1976年6月6日東京障害特別(春)クロバーウイング12頭54着
GI級初出走・初勝利1977年12月11日朝日杯3歳Sギャラントダンサー9頭11着

主な管理馬

八大競走・GI級競走(1984年以降)優勝馬
その他重賞競走優勝馬
その他の馬

受賞

  • 最優秀調教師賞(1983年)
  • JRA賞(最多勝利調教師)(1994年)
  • 最多勝利調教師賞(1994年)
  • 調教技術賞(関東)4回(1979年~1982年)
  • 優秀調教師賞(関東)13回(1985年~1987年、1989年、1990年、1992年~1994年、1996年~1998年、2000年、2002年、2003年)
  • 第4回競馬功績者表彰(2025年)

主な厩舎所属者

※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。

注釈

出典

参考文献

関連項目

外部リンク

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