沖之須
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| 沖之須 | |
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| 大字 | |
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沖之須の航空写真 (2020年6月16日撮影) | |
北緯34度40分1.14575秒 東経137度59分1.28918秒 / 北緯34.6669849306度 東経137.9836914389度座標: 北緯34度40分1.14575秒 東経137度59分1.28918秒 / 北緯34.6669849306度 東経137.9836914389度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口情報(2024年11月末日[1]) | |
| 人口 | 830 人 |
| 世帯数 | 348 世帯 |
| 郵便番号 | 437-1303 |
| 市外局番 | 0537(掛川MA) |
| ナンバープレート | 浜松 |
河川
歴史
沖之須と呼ばれている地には、もともとは自然村である遠江国城東郡沖之須村が置かれていた[2]。内山真龍の『遠江国風土記伝』によれば、沖之須村の当時の石高は220石1斗1升6合3勺であったとされている[3][† 1]。この沖之須村が、のちの沖之須に該当する[2]。
その後、町村制の施行に伴い、沖之須村は横須賀町、西大淵村、山崎村の一部と合併することになり、大須賀村が発足した。その後の度重なる市町村合併を経て、1956年(昭和31年)6月よりこの地は大須賀町の一部となった[2]。2005年(平成17年)4月よりこの地は掛川市の一部となった。
地名の由来
沖之須は、かつては「沖之洲」[2]とも表記されていた。この地の周辺はもともと海であり[2]、その洲がやがて村を形成していったことに因んでいる[2]。
沿革

世帯数と人口
事業所
2021年(令和3年)現在の事業所数と従業員数は以下の通りである[4]。
| 大字 | 事業所数 | 従業員数 |
|---|---|---|
| 沖之須 | 23事業所 | 157人 |
小・中学校の学区
公立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | 掛川市立横須賀小学校 | 掛川市立大須賀中学校 |
