連雀 (掛川市)
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| 連雀 | |
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| 大字 | |
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連雀通(手前中央~奥右)と 連雀の街並み (2019年10月撮影) | |
北緯34度46分22.76497秒 東経138度0分58.88002秒 / 北緯34.7729902694度 東経138.0163555611度座標: 北緯34度46分22.76497秒 東経138度0分58.88002秒 / 北緯34.7729902694度 東経138.0163555611度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口情報(2024年3月末日[1]) | |
| 人口 | 128 人 |
| 世帯数 | 57 世帯 |
| 郵便番号 | 436-0093 |
| 市外局番 | 0537(掛川MA) |
| ナンバープレート | 浜松 |
河川

静岡県掛川市の北部に位置する。合併前の旧掛川市においては南部に位置していた。東西に広がる長方形のような大字である。全域が平地であり商店が集積している。西から東に向かってかつての東海道が貫いており、現在は連雀商店街が広がっている[2]。東端で神代地川と接している。
近隣には大字の名称と集落の名称とが一致しない地が散見されるが、連雀においては大字としての住所表記は「連雀」[3]と記されるのに対し、集落としては他の大字とともに「町東部」[4]を構成している。なお、大字としての連雀に関する一帯には、掛川市の自治区である連雀区が置かれている[5]。連雀区は龍尾神社の氏子区域であり[6]、掛川祭において「おいとこ」[7]や「吉原雀」[7]といった手踊りを披露することでも知られている。
- 神代地川
歴史
連雀と呼ばれている地は、もともとは遠江国佐野郡掛川宿の一部であった[8]。具体的には、掛川宿のうち連尺町が、のちの大字としての「連雀」と「城下」に該当する[9][† 1]。掛川宿は、山内氏領となったが[10]、江戸時代に入ると掛川藩領となった[10]。連尺町と中町には本陣が置かれていた[10]。なお、連尺町は享保3年に新伝馬町に指定されている[10]。明治元年には駿府藩領となり[10]、明治2年には静岡藩領となった[10]。この掛川宿の連尺町の一部が、のちの大字としての連雀に該当する[9]。
町村制が施行された1889年(明治22年)に掛川宿は下俣町、十九首町、仁藤村の大部分、大池村の一部、葛川村の一部と合併することになり、掛川町が発足した。その後の度重なる市町村合併を経て、この地は掛川市の一部となった。
地名の由来
掛川宿の連尺町は、連尺を背負って行商する商人の座として連尺座が開設されていたことから[9]、それに因んで「連尺町」[9]と呼ばれるようになった。なお、掛川宿の連尺町は、もともと「連尺町」[9]と表記されており、時に「連着町」[9]と表記されることもあった。しかし、明治以降は「連雀町」[9]と表記されるようになった。
沿革

世帯数と人口
事業所
2021年(令和3年)現在の事業所数と従業員数は以下の通りである[11]。
| 大字 | 事業所数 | 従業員数 |
|---|---|---|
| 連雀 | 52事業所 | 208人 |

