特定失踪者
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2002年(平成14年)9月17日、日朝首脳会談において朝鮮民主主義人民共和国の最高指導者、金正日朝鮮労働党総書記が日本人拉致を認めて公式に謝罪し、この年の10月15日、5人の拉致被害者が日本への帰国を果たした[1][2]。このなかに、日本政府が拉致として把握していなかった曽我ひとみが含まれていたため、「自分の家族も北朝鮮に拉致をされたのではないか」という申し出や問い合わせが警察やそれまで北朝鮮による日本人の拉致被害者を救出事業に取り組んできた「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(1998年4月発足。通称、「救う会」)に殺到した[1][2][3]。2025年現在、日本政府が認定している拉致被害者は17名に過ぎないが、それは氷山の一角と考えられ、実際にはそれより遙かに多くの人びとが拉致の被害を受けているものとみられる[1][2][注釈 1]。こうした拉致の可能性のある失踪者について調査するため、「救う会」より分かれ、2003年1月10日に設立されたのが「特定失踪者問題調査会」(通称、「調査会」)である[1][2]。
2020年5月現在、「調査会」には約470名の失踪者リストがあり、警察には約900名の拉致の可能性を排除できない失踪者のリストがある[1][2][注釈 2]。また、「救う会」は北朝鮮による拉致被害者は100人近くいると想定しており[2]、「調査会」で「拉致濃厚」(後述)としているのは80人弱である[5]。
なお、「北朝鮮による拉致の可能性を排除できない失踪者」をデータベース化していく過程において、1968年から69年にかけて男子高校生が相次いで失踪したり、1960年代から1990年代にかけて、10年に1度くらいのペースで若い女性が集中的に行方不明になる時期が訪れたり、また、職業では、看護師や電話関係の職業(日本電信電話公社職員や電話交換手など)が比較的多いことなどといった顕著な傾向が明らかになっており、特定失踪者の問題は当初想定していたよりも根が深く、深刻な問題をはらむものと考えられた[3]。これにより、届け出のあった失踪者のうち家族の了承を得たものについては情報を公開し、事態の深刻さを世論に訴えるようにしている[3]。その後、調査の進展にともない、「調査会」では拉致の可能性の高い事案を「1000番台リスト」として発表することにした[7]。これは、特定失踪者に付けてきた連番に1000を加えることで「拉致濃厚」の表象とし、区別したところからきた名称である[7]。当初、「調査会」では調査活動のみを行い、救出活動については「救う会」が受け持つこととしており、加藤久美子、古川了子については「救う会」の幹事会で被害者認定が行われたが、「拉致濃厚」の失踪者が増えるにつれ、「調査会」のなかに「特定失踪者家族支援委員会」を設置して、加藤、古川も含め「調査会」リストにある失踪者についてフォローすることとしている[7]。