石畳町
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歴史
沿革
- 江戸期- 寛永期の『三河国村々高附』においては「加茂郡石畳村」、天保期の郷帳においても「加茂郡石畳村」という表記が見受けられる[5]。
- 1614年(慶長19年)- 大坂冬の陣より帰参した折平村出身の田中亦蔵という人物により、現町域西部の山地の開墾が始められたとされる。なお、開墾地付近には徐々に人家が集まりはじめ、後年は碧海郡から移ってきた酒井家と中根家が中心となり、開墾が続けられたという[4]。
- 1635年(寛永12年)当時- 幕府領であった[6]。
- 1701年(元禄14年)- 旗本石川総昌の知行地となる[6]。
- 1871年(明治4年)- 大区小区制施行により、第4大区第3小区に所属する[5]。
- 1878年(明治11年)- 郡区町村編制法施行により、加茂郡が西加茂郡と東加茂郡に分割される。これに伴い、石畳村の所属が加茂郡から西加茂郡に変更される[4]。
- 1884年(明治17年)7月- 戸長役場設置に伴い、石畳村、大岩村(おおいわむら)、折平村(おりだいらむら)、上渡合村(かみどあいむら)、木瀬村(きせむら)、三箇村(さんがむら)、白川村(しらかわむら)、西市野々村(にしいちののむら)、北曽木村(ほくそぎむら)の9村が同組に組み込まれる[7]。
- 1889年(明治22年)10月1日- 市制・町村制施行に伴い、石畳村、大岩村、折平村、上渡合村、木瀬村、三箇村、白川村、西市野々村、北曽木村の9村が合併して西加茂郡高岡村が誕生し[8]、石畳村は高岡村大字石畳に継承される[4]。
- 1906年(明治39年)4月1日- 高岡村、富貴下村の内3大字、藤河村が合併して藤岡村が誕生し[9]、高岡村大字石畳は藤岡村大字石畳に継承される[4]。
- 1978年(昭和53年)4月1日- 藤岡村の町制施行に伴い[9]、住所表示が藤岡町大字石畳に変更される[4]。
- 2005年(平成17年)4月1日- 藤岡町の豊田市への編入に伴い、住所表示が豊田市石畳町に変更される。