石飛町
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
沿革
- 江戸期- 寛永期の『三河国村々高附』においては「加茂郡石飛村」、天保期の郷帳においても「加茂郡石飛村」という表記が見受けられる[6]。
- 1635年(寛永12年)当時- 成瀬氏領であった[4]。
- 1701年(元禄14年)- 幕府領となる[4]。
- 1868年(明治元年)- 三河吉田藩領となる[4]。
- 1871年(明治4年)- 大区小区制施行により、第4大区第3小区に所属する[6]。
- 1878年(明治11年)- 郡区町村編制法施行により、加茂郡が西加茂郡と東加茂郡に分割される。これに伴い、石飛村の所属が加茂郡から西加茂郡に変更される[5]。
- 1884年(明治17年)7月- 戸長役場設置に伴い、石飛村、飯野村(いいのむら)、北一色村(きたいしきむら)、田茂平村(たもだいらむら)、西中山村(にしなかやまむら)、迫村(はさまむら)、深見村(ふかみむら)の7村が同組に組み込まれる[7]。
- 1889年(明治22年)10月1日- 市制・町村制施行に伴い、石飛村、飯野村、北一色村、田茂平村、西中山村、迫村、深見村の7村が合併して西加茂郡藤河村が誕生し[8]、石飛村は藤河村大字石飛に継承される[5]。
- 1906年(明治39年)4月1日- 藤河村、高岡村、富貴下村の内3大字が合併して藤岡村が誕生し[9]、藤河村大字石飛は藤岡村大字石飛に継承される[5]。
- 1978年(昭和53年)4月1日- 藤岡村の町制施行に伴い[9]、住所表示が藤岡町大字石飛に変更される[5]。
- 2005年(平成17年)4月1日- 藤岡町の豊田市への編入に伴い、住所表示が豊田市石飛町に変更される。