閑羅瀬町
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- 豊田市の北東部にあり、矢作川左岸及び奥矢作湖に沿っている。
- 旭地区(旧東加茂郡旭町の町域にほぼ相当する)に属する。
- 北から東にかけて岐阜県恵那市串原、南東で牛地町・小滝野町、南の一点で余平町、南西で万町町、西で時瀬町と接する。
- 町域北部では、矢作川が矢作ダムを過ぎたところで大きく蛇行し、人家はこの蛇行により湾曲した部分の河岸付近に点在している。
- なお、矢作川を挟んで北西位置にあたる岐阜県側(恵那市串原)にも、同名の「閑羅瀬」という集落がある。元は県境(国境)を跨いで同じ集落であったと考えられる[4]。
- 産業は農林業が中心であるが[5]、1971年(昭和46年)には矢作ダムの造成工事に伴い、住民の約半数が離農した[5]。
歴史
沿革
- 江戸期には閑羅瀬村として三河国加茂郡に所属していた[5]。
- 1635年(寛永12年)当時- 幕府の直轄地であった[4]。
- 1698年(元禄11年)- 旗本京極高金の知行地となる[4]。
- 1709年(宝永6年)- 京極家が後嗣を残すことなく断絶したため、再び幕府の直轄地となる[4]。
- 1869年(明治2年)- 重原藩領となる[4]。
- 1878年(明治11年)- 郡区町村編制法施行により、加茂郡が東加茂郡と西加茂郡に分割される。それに伴い、所属が加茂郡から東加茂郡に変更される[5]。
- 1889年(明治22年)10月1日- 町村制施行により、閑羅瀬村、小滝野村、牛地村、田津原村が合併して東加茂郡生駒村が誕生し[7]、閑羅瀬村は生駒村大字閑羅瀬に変更される[5]。
- 1906年(明治39年)5月1日- 生駒村、介木村、野見村、築羽村が合併して旭村が誕生し[8]、生駒村大字閑羅瀬は旭村大字閑羅瀬に変更される[5]。
- 1967年(昭和42年)4月1日- 旭村が町制を施行し旭町になる。これに伴い、住所表示が旭町大字閑羅瀬に変更される[5]。
- 2005年(平成17年)4月1日- 旭町の豊田市への編入に伴い、住所表示が豊田市閑羅瀬町に変更される。
世帯数と人口
学区
寺社
- 七神社
- 旧閑羅瀬村村社。由緒や創建年代などははっきりしていない。