折平町
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豊田市の北西部に位置し、藤岡地区(旧西加茂郡藤岡町の町域にほぼ相当する)に属する。 町域西部で尾張国(現瀬戸市)と接し、戸越峠(とごしとうげ)を擁する外越道が往時より瀬戸との交通の要であった。現在では主要地方道である愛知県道33号瀬戸設楽線が戸越峠を越える。町域南東部では主要地方道に愛知県道350号北一色東広瀬線と愛知県道353号大平折平線が接合し、人家及び町の中心部はこのあたりに広がっている。そのほか、町域北部、北西部、西部は広大な山林が広がり、北曽木町にほど近い瀬戸市との境界線上に折平山(628.3m)がそびえる。町域南部を飯野川支流である折平川が東進し、町域東部で屋敷川が、町域西部では西屋敷川が、それぞれ折平川に注いでいる。
明治中期に主要地方道が開通し、沿道に鉄工場やろうそく工場が立地した。また大正期から昭和初期にかけて、陶土の原料となる石粉の生産が盛んであったという[4]。
歴史
沿革
- 江戸期- 寛永期の『三河国村々高附』においては「加茂郡柳平村」、天保期の郷帳においては「加茂郡折平村」という表記が見受けられる[5]。
- 1635年(寛永12年)当時- 幕府領であった[6]。
- 1697年(元禄10年)- 旗本沼間氏の知行地となる(1701年(元禄14年)まで)[6]。
- 1868年(明治元年)- 三河吉田藩領となる[6]。
- 1871年(明治4年)- 大区小区制施行により、第4大区第3小区に所属する[5]。
- 1878年(明治11年)- 郡区町村編制法施行により、加茂郡が西加茂郡と東加茂郡に分割される。これに伴い、折平村の所属が加茂郡から西加茂郡に変更される[4]。
- 1884年(明治17年)7月- 戸長役場設置に伴い、折平村、石畳村(いしだたみむら)、大岩村(おおいわむら)、上渡合村(かみどあいむら)、木瀬村(きせむら)、三箇村(さんがむら)、白川村(しらかわむら)、西市野々村(にしいちののむら)、北曽木村(ほくそぎむら)の9村が同組に組み込まれる[7]。
- 1889年(明治22年)10月1日- 市制・町村制施行に伴い、折平村、石畳村、大岩村、上渡合村、木瀬村、三箇村、白川村、西市野々村、北曽木村の9村が合併して西加茂郡高岡村が誕生し[8]、折平村は高岡村大字折平に継承される[4]。
- 1906年(明治39年)4月1日- 高岡村、富貴下村の内3大字、藤河村が合併して藤岡村が誕生し[9]、高岡村大字折平は藤岡村大字折平に継承される[4]。
- 1978年(昭和53年)4月1日- 藤岡村の町制施行に伴い[9]、住所表示が藤岡町大字折平に変更される[4]。
- 2005年(平成17年)4月1日- 藤岡町の豊田市への編入に伴い、住所表示が豊田市折平町に変更される。