安実京町
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歴史
沿革
- 江戸期 - 寛永期の『三河国村々高附』においては「加茂郡あじつきやう村」、天保期の郷帳においては「加茂郡安実京村」という表記が見受けられる[6]。
- 1615年(元和元年) - 旗本原田半兵衛(大蔵陣屋)の知行地となる[7]。
- 1869年(明治2年) - 重原藩領となる[4]。
- 1871年(明治4年) - 大区小区制施行により、安実京村は第4大区第7小区に所属する[6]。
- 1878年(明治11年) - 郡区町村編制法施行により、加茂郡が東加茂郡と西加茂郡に分割される。これに伴い、安実京村の所属が加茂郡から東加茂郡に変更される[4]。
- 1884年(明治17年)7月 - 戸長役場設置に伴い、安実京村、綾渡村、有洞村、漆原村、大蔵連村、川端村、葛沢村、椿立村、戸中村、東大見村、御内蔵連村、室口村、山ケ谷村、山ノ中立村の14村が同組に組み込まれる[8]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 市制・町村制施行により、安実京村、綾渡村、有洞村、漆原村、大蔵連村、川端村、葛沢村、椿立村、戸中村、東大見村、御内蔵連村、室口村、山ケ谷村、山ノ中立村の14村が合併して東加茂郡金沢村(かなざわむら)が誕生する[9]。これに伴い、安実京村は金沢村大字安実京に継承される[4]。
- 1906年(明治39年)5月1日 - 金沢村のうち川端・大字戸中を除く10大字が賀茂村(がもむら)に編入される[10][11]。これに伴い、金沢村大字安実京は賀茂村大字安実京に継承される[4]。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 賀茂村が足助町に編入される[10]。これに伴い、賀茂村大字安実京は足助町大字安実京に継承される[4]。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 足助町の豊田市への編入に伴い、住所表示が豊田市安実京町に変更される。