牛地町
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歴史
沿革
- 江戸期には牛地村として三河国加茂郡に所属していた[5]。
- 1635年(寛永12年)当時- 幕府の直轄地であった[4]。
- 1697年(元禄10年)- 旗本沼間清芳の知行地となる[4]。
- 1701年(元禄14年)- 再び幕府の直轄地となる[4]。
- 1705年(宝永2年)- 三河吉田藩領となる[4]。
- 三河吉田藩は、支配領域にあった矢作川東岸の村々を三つの組(牛地組、明川(あすがわ)組、久木(ひさぎ)組)に分けて統治したとされる。牛地組は八か村で構成されたが、牛地村は組の親村扱いとなり、大庄屋(加茂郡取締庄屋)が置かれていたという[4]。
- 1878年(明治11年)- 郡区町村編制法施行により、加茂郡が東加茂郡と西加茂郡に分割される。それに伴い、所属が加茂郡から東加茂郡に変更される[5]。
- 1889年(明治22年)10月1日- 市制町村制施行により、牛地村、田津原村、小滝野村、閑羅瀬村が合併して東加茂郡生駒村が誕生し、牛地村は生駒村大字牛地に変更される[5]。
- 1894年(明治27年)- 生駒村役場が置かれる[5]。
- 1906年(明治39年)5月1日- 生駒村、野見村、介木村、築羽村が合併して旭村が誕生し、生駒村大字牛地は旭村大字牛地に変更される。また、同日生駒村役場が廃止される[5]。
- 1967年(昭和42年)4月1日- 旭村が町制を施行し旭町になる。これに伴い、住所表示が旭町大字牛地に変更される[5]。
- 2005年(平成17年)4月1日- 旭町の豊田市への編入に伴い、住所表示が豊田市牛地町に変更される。