猿投町 (豊田市)
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河川
豊田市北西部、猿投地区の北東部に位置し[4]、東は藤岡飯野町・深見町・西中山町、西から南は加納町、北は北一色町および瀬戸市上山路町・東白坂町に接する。
瀬戸市との境界を山頂とする猿投山(標高629m)の南麓にあたり、町域の大部分を山林で占めている。住宅や施設等は町域南側に集中している。
- 猿投川
- 加納川
- 広沢川
- 籠川
小字
- 芦迫(あしばさま)
- 後田(あとだ)
- 池田(いけだ)
- 井戸井(いどい)
- 入道(いりみち)
- 大城(おおしろ)
- 神木(かみき)
- 小黒見(こぐろみ)
- 御座所(ございしょ)
- 地家(じげ)
- 獅々岩(ししいわ)
- 城ケ峯(じょうがみね)
- 白滝(しらたき)
- 神郷(じんごう)
- 神郷下(じんごうした)
- 瀬戸田(せとだ)
- 血洗(ちあらい)
- 樋泉(といずみ)
- 中切(なかぎり)
- 中島(なかじま)
- 西側(にしがわ)
- 野入(のいり)
- 畑中(はたなか)
- 膝廻(ひざまわり)
- 平地(ひらち)
- 広沢(ひろさわ)
- 別所(べっしょ)
- 洞(ほら)
- 丸子(まるこ)
- 村上(むらかみ)
- 茂吉ケ峯(もきちがみね)
- 屋下(やした)
- 山本(やまもと)
- 六反田(ろくたんだ)
- 鷲取(わしとり)
世帯数と人口
学区
歴史
地内の猿投神社は仲哀天皇元年創建と伝えられている。江戸期は猿投大明神(猿投神社)領であった。
町名の由来
猿投山に由来する[6]。
沿革
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行・合併に伴い、西加茂郡広沢村大字猿投となる[7]。
- 1906年(明治39年)7月1日 - 合併に伴い、猿投村大字猿投となる[7]。
- 1953年(昭和28年)4月1日 - 町制施行に伴い、猿投町大字猿投となる[7]。
- 1967年(昭和42年)4月1日 - 豊田市へ編入し、同市大字猿投となる[7]。
- 1970年(昭和45年)3月1日 - 猿投町に改称[7][8]。
史跡
- 神郷下遺跡
- 地家古墳
- 神郷古墳
- 広沢古墳
- 池田古墳
- 旧龍性院庭園
施設
交通
- 愛知県道13号豊田多治見線
- 愛知県道349号深見亀首線
- 猿投グリーンロード 猿投東IC・猿投IC
- 東海環状自動車道 豊田藤岡ICの一部
- 猿投山トンネル