花園町 (豊田市)
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河川・池沼
豊田市南西部に位置し[1]、東は吉原町・安城市里町、北東は中根町、西は高丘新町、南は知立市八橋町、北は高岡本町に接する。
小字
- 石根(いしね)
- 井田(いだ)
- 一本木(いっぽんぎ)
- 稲荷下(いなりした)
- 馬捨(うますて)
- 上大切(かみおおぎれ)
- 観音山(かんのんやま)
- 小泉(こいずみ)
- 石台(こくだい)
- 古層(こそう)
- 五反田(ごたんだ)
- 小平田(こへいでん)
- 小松原(こまつばら)
- 才兼(さいがね)
- 桜(さくら)
- 塩倉(しおくら)
- 下大切(しもおおぎれ)
- 新田(しんでん)
- 西大切(にしおおぎれ)
- 花園台(はなぞのだい)
- 林(はやし)
- 東大切(ひがしおおぎれ)
- 前田(まえだ)
- 南大切(みなみおおぎれ)
- 屋敷(やしき)
- 若石山(わかいしやま)
- 脇ノ田(わきのた)
人口の変遷
国勢調査による人口および世帯数の推移。
| 1995年(平成7年)[WEB 6] | 2499世帯 7830人 | |
| 2000年(平成12年)[WEB 7] | 2731世帯 8012人 | |
| 2005年(平成17年)[WEB 8] | 2915世帯 8087人 | |
| 2010年(平成22年)[WEB 9] | 2918世帯 7914人 | |
| 2015年(平成27年)[WEB 10] | 2957世帯 7790人 | |
| 2020年(令和2年)[WEB 2] | 2903世帯 7270人 |
歴史
近世
19世紀初頭には花園村の寺田伝兵衛家が茶の栽培を始めたとされる[WEB 11]。寺田伝兵衛家は米穀・肥料・酒造などの事業で成功した家であり、東本願寺の有力な門徒でもあった[2]。その後は花園村や吉原村などに茶園が拡大したが、1890年(明治23年)に枝下用水が完成すると多くの茶畑が水田に転換された[WEB 11]。
近代・現代
1889年(明治22年)10月1日には町村制の施行により、若林村、花園村、北中根村、吉原村の範囲に碧海郡若園村が発足した。1906年(明治39年)5月1日、若園村、駒場村、堤村、竹村が合併して高岡村が発足した。1956年(昭和31年)5月1日には高岡村が町制を施行して高岡町が発足し、1965年(昭和40年)9月1日には高岡町が豊田市に編入された。
交通
施設
名所・旧跡

- 花園八幡宮
- 神明社
- 養寿寺 - 真宗大谷派の寺院。
