第16回宝塚記念
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この年の宝塚記念は出走頭数僅か7頭と少ない顔ぶれで、ファン投票第1位のキタノカチドキが脚部不安により回避、第2位のタニノチカラも体調万全ではなく自重[1]、八大競走の勝ち馬が出走せず小粒なメンバーとなった。
1番人気の福永洋一騎乗のニホンピロセダン。キタノカチドキと同じ服部正利厩舎の所属馬で、前年には京都新聞杯と神戸新聞杯でキタノカチドキとワンツーの2着、同年は天皇賞(春)でイチフジイサミの3着に入った。
2番人気は「花の47年組」で、前々年の第14回宝塚記念2着のナオキ。母エイトクラウンは1966年の第7回宝塚記念馬で、今回は母仔二代制覇が懸かる。父はスプリンターのサウンドトラックであったが、春秋とも3200mの天皇賞に4回挑戦して玉砕する一方、2000m以下では4回のレコード更新。同年は3月に中京記念、鳴尾記念を連勝していた。
3番人気は関東馬フェアーリュウ。前年の菊花賞3着馬で、この年は目黒記念(春)2着、天皇賞(春)は4着であった。
以下の人気は、関東馬で「走る労働者」の別名を持つイナボレス、GI級レースはおろか、重賞勝ちもまだ無いが、京都4歳特別2着・神戸新聞杯3着・京都新聞杯4着とトライアルで好走したモアーキャッスル、実況の杉本清(当時・関西テレビアナウンサー)に「これは愛嬌」と言わしめた出遅れ癖が特徴のミリオンパラ、前年の阪神4歳牝馬特別3着で紅一点マサエイシュンと続いていた。