タップダンスシチー

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現役期間 2000 - 2005年
欧字表記 Tap Dance City[1]
性別 [1]
タップダンスシチー
現役期間 2000 - 2005年
欧字表記 Tap Dance City[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1997年3月16日(29歳)[1]
抹消日 2006年1月6日[2]
Pleasant Tap[1]
All Dance[1]
母の父 Northern Dancer[1]
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ケンタッキー州[1]
生産者 Echo Valley Horse Farm
& Swettenham Stud[1]
育成 日進牧場[3]
馬主 (株)友駿ホースクラブ[1]
調教師 佐々木晶三栗東[1]
厩務員 中原照美[4]
競走成績
生涯成績 42戦12勝[1]
中央競馬)41戦12勝[1]
フランス)1戦0勝[5]
獲得賞金 10億8422万1000円[5]
IC

WTRR
L117(2002年)[6]
L123(2003年)[7]
L120(2004年)[8]
勝ち鞍
GIジャパンカップ2003年
GI宝塚記念2004年
GII金鯱賞2003年 - 2005年
GII京都大賞典2003年
GIII朝日チャレンジカップ2002年
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タップダンスシチー(欧字名:Tap Dance City1997年3月16日 - )は、日本競走馬種牡馬[1]アメリカ合衆国で生産された外国産馬である。

2003年のジャパンカップGI)、2004年の宝塚記念GI)を優勝した。ジャパンカップは、1984年カツラギエース以来19年ぶり2例目となる逃げ切り完遂。2着ザッツザプレンティとの差9馬身は、JRA-GIにおける史上最大着差記録を樹立した。宝塚記念は、1970年スピードシンボリ以来34年ぶり2例目となる7歳以上の身[注釈 1]での優勝。また、2003年から2005年にかけて金鯱賞GII)を優勝し、1956年から1958年にかけて鳴尾記念を優勝したセカイオー以来、47年ぶり2例目となるJRAサラ系平地同一重賞3連覇。連覇の2004年金鯱賞は、1998年サイレンススズカの走破タイムを0.3秒上回り、コースレコードを樹立した。

その他の成績に、2003年の京都大賞典GII)優勝、2002年の朝日チャレンジカップGIII)優勝、2002年および2004年の有馬記念GI)2着、2003年宝塚記念3着などがある。通算12勝、重賞7勝2着3回などで獲得した賞金は、引退時点でテイエムオペラオースペシャルウィークに次いでJRA史上第3位。外国産馬として初めて獲得賞金10億円越えを果たした。

誕生までの経緯

オールダンスは、ノーザンダンサーの産駒であり、フランスと北アメリカで24戦1勝[9]。繁殖牝馬として1985年に初仔を生産、1989年産4番仔のカレッツァ(父:カロ)は、アメリカG3競走2着となっていた[10][11][12]。1995年産9番仔の牡馬(父:クリプトクリアランス)は、愛馬会法人株式会社友駿ホースクラブが購買。オールダンスの産駒で初めて日本に輸入された[10]。友駿の冠名「シチー」を含む「クリプトシチー」という名が与えられ、栗東トレーニングセンター佐々木晶三厩舎から競走馬デビューを果たしていた[注釈 2][13]

1997年3月16日、11番仔となる鹿毛の牡馬(後のタップダンスシチー)が生産される。11番仔の父はプレザントタップであった。プレザントタップは、競走馬としてアメリカで走り32戦9勝[14]。1992年のジョッキークラブゴールドカップ(G1)勝利を含むG1競走2勝のほか、ダート1400メートルから2000メートルの重賞勝ち鞍があり、1991年のブリーダーズカップスプリントG1)でシェイクアルバドゥ英語版に次ぐ2着、1992年のブリーダーズカップクラシックG1)でエーピーインディに次ぐ2着となっていた[14][15]

幼駒時代

11番仔は、クリプトシチーと同様に友駿ホースクラブが購買。1歳秋に日本に輸入された[16]。愛馬会法人株式会社友駿ホースクラブ愛馬会にて、総額3000万円(全500口、一口6万円)で出資会員の募集を実施[17]。冠名「シチー」を用いて「タップダンスシチー」という競走馬名が与えられた。友駿は、クリプトシチーの弟を日本に導入したことを佐々木に報告した[18]。それに応じて検分に訪れた佐々木は、タップダンスシチーを一目見て感じるものがあり、管理を友駿の社長に申し出ている[注釈 3][19][18]。タップダンスシチーは、兄同様に佐々木厩舎に入厩し、競走馬としてデビューした[18]

競走馬時代

騎手10人起用、鞍上流動期

3歳 - 5歳前半(2000年3月 - 2002年7月)

3歳だった2000年3月4日、阪神競馬場新馬戦(芝2000メートル)でデビュー。同19日の2戦目の新馬戦で初勝利を挙げた[20]。重賞初挑戦となった4戦目、5月の京都新聞杯GIII)ではアグネスフライトに約3馬身差の3着[21]。条件戦4連敗を挟んだ12月、格上挑戦となった900万円以下、天竜川特別で2勝目を挙げる。それから4歳となった2001年は、オープン、準オープン、1000万円以下で6戦するもすべて敗れた[20]。5歳となった2002年は、1月の日経新春杯GII)で格上挑戦し、トップコマンダーに1馬身半以内の3着となると、2月の春日特別で1000万円以下、3月の御堂筋ステークスで1600万円以下を連勝で突破し、オープンクラスに昇格した[20]

昇格初戦、3月23日の日経賞GII)ではアクティブバイオにアタマ差の2着でさらに収得賞金を加算。その後3戦したものの、勝利には至らなかった[20]。ここまで22戦して4勝、京都新聞杯3着など能力は見込まれていたが、出世は遅かった[22]。佐々木によれば、タップダンスシチーの気性が原因だったという。入れ込む様子は佐々木に「タップダンス」していると例えられ、出走直前のパドックでは「タップダンス」を防ぐために「二人引き」をしており、その気性からレースで出遅れたり、外側への逃避癖を見せて敗退を繰り返していた[22]。それに加えて谷川善久は、騎手を固定することができず最適な騎乗法を見出せなかったこと[22]、父とその産駒たちが短距離から長距離まで、若い時から年をとっても勝利を挙げていたために、タップダンスシチーの最適距離、活躍時期を明確にできなかったことを指摘している[22]

騎手11人目佐藤哲三、主戦固定期

5歳後半(2002年9月 - )

9月7日、朝日チャレンジカップGIII)で重賞6度目の出走。これまでタップダンスシチーに騎乗していた四位などは、札幌に赴いたり、先約があるなどして誰も騎乗できず「たまたま[23]」(谷川善久)空いていた佐藤哲三に白羽の矢が立った[23][24]。テン乗りの佐藤を配して、当日は5番人気の支持だった[25]

映像外部リンク
2002年 朝日チャレンジカップ(GIII
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

スタートから先行して3番手を追走、直線で抜け出したが、後方内から2番人気イブキガバメント、1番人気トゥルーサーパスに接近された[26]。3頭での先頭争いとなったが、差し返してクビ差だけ先着。重賞初勝利を挙げた[27][26]。走破タイム1分58秒1は、2000年朝日チャレンジカップのミッキーダンス、1分58秒3[注釈 4]を0.2秒上回り、コースレコードを樹立した[27]。これ以降タップダンスシチーが引退するまで、鞍上は佐藤で固定されることとなる[26]。その後、京都大賞典GIIアルゼンチン共和国杯GII京阪杯GIII)とすべて入着したものの、勝利には至らなかった。

ファン投票第50位となる6025票を背負い[28]、12月22日の有馬記念GI)でGI初挑戦[29]、単勝式はブービー13番人気という支持で出走した[30]。5枠8番からスタートし先手を主張するも、外からファインモーションに制されて2番手を追走[31]。ファインモーションがペースを落としたが、タップダンスシチーは逆らって向こう正面でファインモーションをかわして先頭を得た[31]

映像外部リンク
2002年 有馬記念(GI
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

以降、佐藤が促してペースアップ。後方との差を大きく広げて最終コーナーを通過した[31]。後方のほとんどが余力なく伸びを欠き、直線に入ってもしばらく先頭をキープしていたが、ただ1頭天皇賞(秋)優勝馬の1番人気シンボリクリスエスが末脚を発揮。かわされたものの粘り、半馬身差の2着を確保した[32]。外国産馬のワンツーフィニッシュは、有馬記念史上初めての出来事だった[33]

6歳(2003年)

金鯱賞優勝 - 京都大賞典優勝

4月26日の東京競馬場リニューアル記念(OP)[注釈 5]で始動。GI2着の後、二段階以上格を落として参戦したものの、単勝7番人気の支持だった[34]。4番手で直線に向き、追う前々年の優駿牝馬(オークス)優勝馬レディパステルに2馬身差をつけて勝利[34]。続く5月31日の金鯱賞GII)は、前年同競走優勝馬ツルマルボーイ、3歳GII2勝の4歳馬バランスオブゲーム、前々年の牝馬二冠を含むGI3勝のテイエムオーシャンに続く4番人気で出走[35]。台風通過後の稍重馬場での開催だった[36]

映像外部リンク
2003年 金鯱賞(GII
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

スタートからダイタクフラッグが逃げ、それに次ぐ2番手を追走していたが、第3コーナーで代わって先頭となった[36]。以後早めに仕掛けられて、後続との差を広げた[36]。直線では、大外に持ち出したツルマルボーイなどが接近してきたが、半馬身先着。重賞2勝目を挙げた[36]。佐藤は「離して行ったほうが力が出せる馬で、今回は持ち味を出したレースだと思います。[37]」と述べている。 ファン投票第12位、24180票を背負い[38]、6月29日の宝塚記念GI)に出走。シンボリクリスエス、春のクラシック二冠を果たした3歳馬ネオユニヴァースGI級競走6勝のアグネスデジタルに次ぐ4番人気に推された[39]。8枠16番からスタートして内の先行馬にハナを譲り、中団外を進んだ[40]

映像外部リンク
2003年 宝塚記念(GI
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

外を回り続け、最終コーナーで先頭となる場面も見られたが、外から追い込んだ6番人気ヒシミラクル、8番人気ツルマルボーイにかわされた[41]。ゴール板手前では余力はなかったが粘り、ネオユニヴァースやシンボリクリスエスを4、5着に押しのけて3着を確保する[40][42]。夏は、北海道浦河町の日進牧場で休養、軽種馬育成調教センター(BTC)で調整された[43]。 10月12日、京都大賞典GII)で始動、単勝1番人気に推される。天皇賞(春)、宝塚記念と連勝中のヒシミラクルの始動戦であったが、ヒシミラクルを2番人気に押しのけた[44]。スタートからハナを奪い逃げることに成功。しかし、ヒシミラクルに背後を取られてマークされる展開となった[23][44]

映像外部リンク
2003年 京都大賞典(GII
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

スローペースで逃げ、先頭のまま最終コーナーを通過。ヒシミラクルが接近してきたものの、仕掛けられ次第突き放した[44]。1馬身4分の1差をつけて先頭で入線、重賞3勝目。1998年セイウンスカイ以来となる逃げ切り勝利を果たした[45]。レース後佐々木は、タップダンスシチーに東京競馬場芝2000メートルは向いていないと考え、天皇賞(秋)出走を見送った[44]

ジャパンカップ優勝

11月30日、ジャパンカップGI)に出走。サンクルー大賞連覇に加えて、香港ヴァーズを勝利したフランスのアンジュガブリエル、ブリーダーズカップターフ勝利から臨むアメリカのジョハー英語版コックスプレートを勝利したオーストラリアのフィールズオブオマー英語版、前年のジャパンカップ2着のサラファンなど外国調教馬9頭に、日本調教馬9頭を加えた18頭が集結した[46]。外国調教馬はアンジュガブリエルの3番人気12.1倍が最高であった。1番人気は天皇賞(秋)で連覇を果たしたシンボリクリスエスが1.9倍、ネオユニヴァースが7.0倍。アンジュガブリエルを挟んだ4番人気13.8倍がタップダンスシチーであった[47]。前日から雨が降った影響で当日は不良馬場で始まり、第9競走で1段階回復[48]。第10競走ジャパンカップは、11年ぶりに重馬場での開催となった[48]

映像外部リンク
2003年 ジャパンカップ(GI
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

1枠1番からスタート次第飛ばし、後方との差を広げて単騎で逃げた。2コーナーで後方に「4馬身から5馬身」のリードを作り、向こう正面から第3コーナーを経ると、リードは10馬身まで拡大した[49]。先頭を保ったまま直線コースに進入。残り600メートル地点からのタップダンスシチーは、37.4秒の末脚を発揮した[50]。一方後続は、例えば最速のネオユニヴァースでも37.0秒に留まり、リードはそれほど縮まらなかった[49]。菊花賞優勝から臨んだ5番人気ザッツザプレンティに9馬身差をつけて先頭で入線する[51]

JRA-GI史上最大着差[注釈 6][注釈 8][53]
レース 優勝馬
2003年ジャパンC タップダンスシチー 9馬身
1987年桜花賞 マックスビューティ 8馬身
1987年阪神3歳S サッカーボーイ
1994年菊花賞 ナリタブライアン 7馬身
2001年ジャパンCダート クロフネ
1987年東京優駿 メリーナイス 6馬身

GI初優勝。1984年カツラギエース以来19年ぶり、レース史上2例目となる逃げ切り勝利[53]。またザッツザプレンティと9馬身差の決着は、1998年優勝のエルコンドルパサー、2着エアグルーヴの「2馬身半」を上回る、レース史上最大着差記録[53]。さらに、JRA-GI史上最大着差記録[注釈 9]を樹立した[53]。加えて、友駿ホースクラブは、ゴールドシチーの1986年阪神3歳ステークス以来17年ぶりのGI勝利[54]、佐藤はマイネルマックスの1996年朝日杯3歳ステークス以来7年ぶりのGI勝利[49]。1994年厩舎開業の佐々木は、10年目でGI勝利となった[51]

ジャパンカップは、佐藤及び佐々木にとって縁のあるレースであった。佐々木は、アメリカ調教馬メアジードーツが制した1981年、第1回ジャパンカップを見て以来、騎手時代に最も騎乗したかったレースだったが、叶わず引退しており[18]、調教師となってからも、最も管理馬を出走および勝利させたい、東京優駿(日本ダービー)よりも出走および勝利させたいレースと志し、それを初出走で勝利まで叶えた[29][55]。一方の佐藤は中学生の頃、前述のカツラギエースが逃げて制した1984年、第4回ジャパンカップをテレビで見て騎手を志しており、その19年後に同じ戦法で勝利を叶えた[17][29]。佐藤は、この逃げ戦法について、発走直前の返し馬の際に、この重馬場で2、3番手追走すれば「ノメってしまう[17]」と考えたためであった[49]

その後は、12月28日の有馬記念(GI)に出走。ファン投票では第5位となる8万852票を集めた[56]。2.6倍のシンボリクリスエスに次ぐ、3.9倍の2番人気に支持された[57]。シンボリクリスエスが9馬身差、タップダンスシチーの史上最大着差記録タイで優勝する一方、13馬身以上後れをとる8着となった[58]

7歳(2004年)

金鯱賞連覇 - 宝塚記念優勝

有馬記念後は休養し、5月29日の金鯱賞(GII)で始動[59]。出走12頭のうち、9頭が重賞優勝経験、4頭がGI優勝経験があるメンバーの中、2.3倍の1番人気に推される[60][61]。以降人気は、ザッツザプレンティ、重賞4勝のマグナーテン、前年のエリザベス女王杯優勝馬アドマイヤグルーヴ、前年の牝馬三冠スティルインラブが続いていた[61]

映像外部リンク
2004年 金鯱賞(GII
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

スタートから、タマモヒビキとマグナーテンが飛ばし、それに続く3番手、好位に位置した[60]。向こう正面から第3コーナーにかけてまくりを開始。最終コーナーを先頭で通過し差を広げた[60]。後方大外から追い込む6番人気ブルーイレヴンに迫られたが、アタマ差逃げ切り優勝[60]。レース史上初となる連覇達成[注釈 10][19]。走破タイム1分57秒5は、1998年金鯱賞で大差勝ちを果たしたサイレンススズカの1分57秒8を上回る、コースレコードを樹立した[19]

第45回宝塚記念

続いて、6月27日の宝塚記念(GI)に出走、ファン投票では第6位となる4万6178票を集めた[62]。単勝オッズ3.5倍の1番人気の支持、同じ3倍台に天皇賞(春)2着のゼンノロブロイ、5倍台に菊花賞2着および有馬記念2着のリンカーン、7倍台に安田記念優勝から臨むツルマルボーイと続き、15頭が揃った[63]

映像外部リンク
2004年 宝塚記念GI
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

大外枠8枠15番からスタート、内のローエングリンホットシークレットに前を譲り、3番手を追走した[64]。ローエングリンが飛ばして、前半の1000メートルを58.5秒で通過するハイペースとなった[65]。それからローエングリンは、長く持たせるためにペースを落としにかかったが、タップダンスシチーはそれに抗った[64]。第3コーナー手前でかわして先頭となり、早めのスパートを開始した[66]。直線では背後にいたシルクフェイマスが接近。一時「シルクフェイマスが交わすような勢い[67]」(『優駿』編集部)があったが、タップダンスシチーはそれからもう一伸びして突き放した[67]。後方に2馬身差をつけて入線[68]

GI2勝目、7歳馬の宝塚記念優勝は、1970年スピードシンボリ以来34年ぶり2例目であった[69]。また、走破タイム2分11秒1は、1994年ビワハヤヒデの2分11秒2を上回るレースレコード[注釈 11]を樹立した。佐藤は「よほど強くないとできない乗り方[70]」だったと評している。また佐々木はレース前、競馬人生3回目の「負ける気がしなかった[70]」状態だった振り返っている。

凱旋門賞遠征 - 有馬記念2着

宝塚記念優勝後の6月30日に、日進牧場へ放牧[注釈 12][71]。次なる目標は、フランスの凱旋門賞に定まっていた。凱旋門賞挑戦は、前年秋のジャパンカップ優勝直後に佐々木が「凱旋門賞へ行きたい」と言い出したことで検討されはじめた[注釈 13][72]。そしてこの年の春、金鯱賞をレコードで勝利したことで正式に参戦が決定した[72][73]。放牧から1週間程度でBTCへ移動し、凱旋門賞への調整を開始した[16]。佐々木は、日本で十分に仕上げてから、直前で輸送する方式を採用し、9月26日に出国、翌27日に現地着。10月3日の凱旋門賞に出走するという遠征計画が立てられた。9月7日、北海道での放牧から栗東に帰厩し、調整が更なる調整が施された[注釈 15][74]。9月20日には、栗東の検疫厩舎に入厩、23日に追い切りを行った。この後は、26日に関西国際空港から出国し27日に到着、現地ではジョン・ハモンド英語版厩舎に滞在する予定であった。しかし、タップダンスシチーが納まるはずだったカーゴ便が故障、さらに代替便も用意することができなかった[75]。26日の次の便は29日であったが、陣営はうまく調整できないと判断、出走断念を発表した[76]

ところが、出走を望むファンの声が大きかったことから、陣営は一転して出走目指し、予定を再構築して実行[42]。29日に栗東で最終追い切り、10月1日に成田国際空港から出国し同日午後に到着、ハモンド厩舎に入厩した[76]。レース前日となる2日、馬体重は宝塚記念と比べて3キロ減に留まり、輸送の疲労は見られなかった[76]。フランスに来ていた厩舎未開業の調教師矢作芳人は、その姿を「入厩したばかりというのに、しっかりと常足で落ち着いて歩いている[77]」と評しており「これならやってくれるかも!」と考えていたと振り返っている[77]。開催されるロンシャン競馬場の下見に訪れた佐々木は、馬場状態を「向正面が小倉の開幕週、直線は札幌の開幕週[76]」、佐藤は「JC(ジャパンカップ)や宝塚(記念)の時の方がしんどそうな馬場やったし、大丈夫[76](カッコ内補足加筆者)」と捉えていた。

10月3日、凱旋門賞(G1)に出走、この年は有力馬の回避があって「大混戦[78]」(石川ワタル)と見られていた。そんな中タップダンスシチーは、現地で12.6倍の7番人気に支持される[78]。前日まで良い状態を保っているように見えたタップダンスシチ―は、当日の輸送を経てテンションが高くなってしまい、パドックでは以前のように二人引き、悪癖「タップダンス」を披露してしまった[79]。矢作によればその姿は「昨日の馬とは別馬のような印象[77]」だったという。

映像外部リンク
2004年 凱旋門賞(G1)
レース映像 Equidia公式YouTubeチャンネルによる動画

スタートから先行し、直線で逃げ馬に並びかけたが失速。勝利した現地6番人気のバゴに17馬身後れを取る17着となった[78]。佐々木はこの遠征を振り返り、「またチャンスがあるとすれば、この馬に限っては最初のプラン[注釈 16]でスケジュールを組むよ。今度は6時間以内に代替機が用意できる保険もかけてね」と振り返っている[79]

帰国後、日進牧場で検疫[80]。年内で引退することが決定し、有馬記念を引退レースとすることが発表された[80]。11月25日に帰厩[81]、「七分(中略)あと2週ぐらい欲しい[82]」状態で26日の有馬記念(GI)に参戦。有馬記念4日前の22日には、引退宣言を撤回、次年度も現役を続行することが発表された[83]。天皇賞(秋)とジャパンカップを連勝していたゼンノロブロイが2.0倍、皐月賞およびジャパンカップ2着のコスモバルクが7.0倍、タップダンスシチーはそれに次ぐ8.8倍の3番人気であった[83]。スタートから単騎で逃げ、最終コーナーを後方との差を広げながら通過[83]。しかし直線でゼンノロブロイがかわし、芝2500mのJRAレコード(当時、現在も中山芝2500mのコースレコード)を樹立して優勝。一方のタップダンスシチーも粘り続け、その0.1秒後、半馬身差の2着となった[84][85]

8歳(2005年)

金鯱賞3連覇

5月28日の金鯱賞に出走、単勝オッズ1.4倍、シルクフェイマスやアドマイヤグルーヴを押しのける1番人気に推される[86]。大外枠からスタート、ハナを奪取しスローペースを刻んだ。第3コーナーあたりで促されて押し切り体制に突入する[86]

映像外部リンク
2005年 金鯱賞(GII
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

直線では、後続勢の追い上げを封じて逃げ切り、後方から追い込んだヴィータローザに2馬身半差をつけて重賞3勝目[86]。金鯱賞3連覇を果たした。1956年から1958年にかけて鳴尾記念を優勝したセカイオー以来、47年ぶり史上2頭目となるJRAサラ系平地同一重賞3連覇達成[注釈 17][87]。獲得賞金は10億8422万1000円に上り、ナリタブライアンを抜き、テイエムオペラオースペシャルウィークに続くJRA史上第3位となった[87]

2005年有馬記念

その後は、宝塚記念7着。秋は古馬の王道路線、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念で着外となり、競走馬を引退した。有馬記念12着敗退後の中山競馬場にて引退式が行われ、ジャパンカップ優勝時の1番ゼッケン姿が披露された[88]。佐々木は「憧れのジャパンカップに勝つなど、僕の夢をすべてかなえてくれました[88]」と述べている。2006年1月6日付で、JRAの競走馬登録を抹消される[2]

種牡馬時代

引退後は、北海道門別町のブリーダーズ・スタリオン・ステーション種牡馬となった[88]シンジケートは組まれず、競走馬時代と同じく友駿ホースクラブの所有馬として供用された[89]。初年度は163頭の繁殖牝馬を集めたが、これをピークに右肩下がりで減少[90]。3年目には三桁を割り、5年目には二桁を割った[90]。6年目、1頭の繁殖牝馬と交配を行った後に、種牡馬を引退[90]。競走馬ふるさと案内所は減少の理由について、初年度産駒の成績が振るわなかったことを挙げている[91]

産駒は、2009年7月3日の浦和競馬場にて、アールパラダンス(母父:リアルシャダイ)が産駒初勝利[92]。11月15日の東京競馬場にて、ケイアイツバキ(母父:アフリート)が産駒中央競馬初勝利を挙げた[93]。3年目産駒のタッチデュール(母父:フレンチデピュティ)が2011年ジュニアクラウンプリンセス特別、2013年兵庫クイーンカップ、2014年くろゆり賞を優勝[94]。4年目産駒のフレアリングメテオ(母父:リアルシャダイ)が2013年北日本新聞杯を優勝した[95]

種牡馬引退後

種牡馬引退後は、去勢されて乗用馬に転用されている[96]ノーザンホースパークでの訓練を経て、2011年10月からは福島県天栄村ノーザンファーム天栄でスタッフの乗馬訓練用の練習馬となった[97]。2014年時点では、茨城県のポニーパークあるふぁに移り、余生を過ごしている[98]。この2014年には、金鯱賞当日の12月6日に中京競馬場に来場。パドック供覧が行われた[99]

競走成績

以下の内容は、netkeiba.com[100]およびJBISサーチ[20]の情報に基づく。

競走日 競馬場 競走名 距離(馬場)


オッズ
(人気)
着順 タイム
(上がり3F)
着差 騎手 斤量
[kg]
1着馬(2着馬) 馬体重
[kg]
2000.3.4 阪神 4歳新馬 芝2000m(稍) 13 7 11 11.8(6人) 9着 2:10.5 (38.5) 2.2 四位洋文 55 ミラーダ 516
3.19 阪神 4歳新馬 芝2200m(良) 9 7 7 15.6(4人) 1着 2:18.4 (35.5) -0.0 四位洋文 55 (カガミパラダイス) 512
4.15 阪神 若草S OP 芝2200m(良) 12 8 11 19.2(7人) 5着 2:18.7 (35.1) 0.3 四位洋文 55 アグネスフライト 508
5.6 京都 京都新聞杯 GIII 芝2000m(良) 14 4 5 13.7(5人) 3着 2:00.3 (35.6) 0.5 四位洋文 55 アグネスフライト 504
6.4 中京 白百合S 900万下 芝1800m(良) 13 6 9 4.0(2人) 7着 1:49.2 (36.3) 0.9 熊沢重文 55 ジンワラベウタ 496
6.18 阪神 野苺賞 500万下 芝2200m(良) 13 5 7 4.5(2人) 5着 2:17.2 (34.7) 0.7 熊沢重文 55 ホワイトハピネス 496
10.29 京都 4歳上500万下 芝2400m(重) 14 4 5 8.6(5人) 4着 2:27.3 (36.5) 0.4 四位洋文 55 ハートランドヒリュ 498
11.18 京都 八瀬特別 900万下 芝2400m(良) 8 7 7 6.9(4人) 2着 2:28.4 (35.0) 0.2 幸英明 52 ホワイトハピネス 494
12.9 中京 天竜川特別 900万下 芝2500m(良) 10 8 10 3.0(2人) 1着 2:31.4 (36.2) -0.3 松田大作 53 (ボヘミアンチェリー) 500
2001.1.8 京都 万葉S OP 芝3000m(稍) 10 2 2 5.2(3人) 5着 3:09.3 (35.4) 0.6 四位洋文 54 トシザブイ 504
2.18 小倉 関門橋S 1600万下 芝2000m(良) 12 6 10 4.1(2人) 3着 2:02.8 (36.6) 0.2 中舘英二 53 ファイトコマンダー 496
3.25 阪神 但馬S 1600万下 芝2000m(良) 11 6 7 4.6(3人) 2着 2:00.0 (35.5) 0.4 安藤勝己 54 ファイトコマンダー 490
4.7 阪神 大阪-ハンブルクC OP 芝2500m(良) 11 7 9 4.7(2人) 5着 2:33.8 (34.8) 0.5 四位洋文 53 メジロサンドラ 496
12.8 阪神 3歳上1000万下 芝2000m(良) 9 5 5 9.7(4人) 4着 2:01.3 (35.6) 0.6 四位洋文 57 ダイタクバートラム 502
12.23 阪神 江坂特別 1000万下 芝2500m(良) 16 4 7 5.1(3人) 2着 2:33.5 (35.5) 0.2 四位洋文 57 シャープキック 504
2002.1.13 京都 日経新春杯 GII 芝2400m(良) 12 3 3 16.1(6人) 3着 2:26.6 (34.4) 0.2 川原正一 52 トップコマンダー 502
2.9 京都 春日特別 1000万下 芝1800m(良) 12 1 1 1.9(1人) 1着 1:46.9 (35.0) -0.2 武豊 57 (アスカツヨシ) 504
3.2 阪神 御堂筋S 1600万下 芝2200m(良) 11 4 4 1.8(1人) 1着 2:12.3 (35.7) -0.6 O.ペリエ 57 アクティブバイオ 506
3.23 中山 日経賞 GII 芝2500m(良) 8 5 5 9.6(3人) 2着 2:37.0 (34.5) 0.0 勝浦正樹 57 アクティブバイオ 500
4.21 東京 メトロポリタンS OP 芝2300m(稍) 11 8 11 3.7(1人) 3着 2:21.2 (36.8) 0.5 勝浦正樹 56 ツルマルボーイ 508
5.18 東京 目黒記念 GII 芝2500m(重) 18 1 1 18.4(8人) 5着 2:32.4 (37.8) 0.6 勝浦正樹 56 トシザブイ 506
7.21 函館 函館記念 GIII 芝2000m(良) 16 5 10 11.9(7人) 8着 2:06.2 (38.9) 1.1 四位洋文 56 ヤマニンリスペクト 508
9.7 阪神 朝日チャレンジC GIII 芝2000m(良) 10 2 2 9.6(5人) 1着 1:58.1 (35.2) 0.0 佐藤哲三 56 イブキガバメント 494
10.6 京都 京都大賞典 GII 芝2400m(良) 8 5 5 8.9(3人) 3着 2:24.0 (34.5) 0.4 佐藤哲三 57 ナリタトップロード 498
11.3 中山 アルゼンチン共和国杯 GII 芝2500m(良) 11 5 5 3.5(2人) 3着 2:31.4 (35.4) 0.8 佐藤哲三 57 サンライズジェガー 494
11.23 京都 京阪杯 GIII 芝1800m(良) 15 8 14 13.6(6人) 5着 1:45.7 (35.3) 0.4 佐藤哲三 57 サイドワインダー 508
12.22 中山 有馬記念 GI 芝2500m(稍) 14 5 8 86.3(13人) 2着 2:32.7 (35.9) 0.1 佐藤哲三 57 シンボリクリスエス 500
2003.4.26 東京 東京競馬場リニューアル記念 OP 芝2400m(良) 13 7 10 11.3(7人) 1着 2:23.7 (34.6) -0.3 佐藤哲三 58 レディパステル 502
5.31 中京 金鯱賞 GII 芝2000m(稍) 14 7 11 5.8(4人) 1着 1:58.9 (35.8) -0.1 佐藤哲三 57 (ツルマルボーイ) 502
6.29 阪神 宝塚記念 GI 芝2200m(良) 17 8 16 9.3(4人) 3着 2:12.2 (37.0) 0.2 佐藤哲三 58 ヒシミラクル 500
10.12 京都 京都大賞典 GII 芝2400m(良) 9 8 10 2.2(1人) 1着 2:26.6 (34.0) -0.2 佐藤哲三 58 (ヒシミラクル) 502
11.30 東京 ジャパンC GI 芝2400m(重) 18 1 1 13.8(4人) 1着 2:28.7 (37.4) -1.5 佐藤哲三 57 ザッツザプレンティ 502
12.28 中山 有馬記念 GI 芝2500m(良) 12 5 6 3.9(2人) 8着 2:32.8 (37.8) 2.3 佐藤哲三 57 シンボリクリスエス 506
2004.5.29 中京 金鯱賞 GII 芝2000m(良) 12 8 11 2.3(1人) 1着 1:57.5 (35.3) -0.0 佐藤哲三 59 ブルーイレヴン 508
6.27 阪神 宝塚記念 GI 芝2200m(良) 15 8 15 3.5(1人) 1着 2:11.1 (36.1) -0.3 佐藤哲三 58 シルクフェイマス 510
10.3 ロンシャン 凱旋門賞 G1 芝2400m(良) 19 6 17着 2:27.8 2.8 佐藤哲三 59.5 Bago 計不
12.26 中山 有馬記念 GI 芝2500m(良) 15 5 9 8.8(3人) 2着 2:29.6 (35.7) 0.1 佐藤哲三 57 ゼンノロブロイ 504
2005.5.28 中京 金鯱賞 GII 芝2000m(良) 10 8 10 1.4(1人) 1着 1:58.9 (33.8) -0.4 佐藤哲三 59 ヴィータローザ 510
6.26 阪神 宝塚記念 GI 芝2200m(良) 15 8 15 1.9(1人) 7着 2:12.7 (37.3) 1.2 佐藤哲三 58 スイープトウショウ 512
10.30 東京 天皇賞(秋) GI 芝2000m(良) 18 3 6 14.1(6人) 9着 2:00.6 (33.9) 0.5 佐藤哲三 58 ヘヴンリーロマンス 520
11.27 東京 ジャパンC GI 芝2400m(良) 18 1 2 17.2(7人) 10着 2:23.1 (37.3) 1.0 佐藤哲三 57 アルカセット 510
12.25 中山 有馬記念 GI 芝2500m(良) 16 5 9 19.7(5人) 12着 2:33.3 (36.9) 1.4 佐藤哲三 57 ハーツクライ 512

種牡馬成績

以下の内容は、JBISサーチの情報に基づく[90]

種付年度 種付頭数 生産頭数 血統登録頭数 出走頭数 勝馬頭数 重賞勝馬頭数 AEI CPI
2006 163 114 107 95 59 0 0.30
2007 127 84 79 69 49 0 0.31
2008 77 55 54 45 25 1 0.25
2009 50 33 31 25 12 1 0.17
2010 6 3 3 2 1 0.12
2011 1 1 1 0
合計 275 236 146 2 0.27 0.74

主な産駒

母の父として主な産駒

血統表

脚注

参考文献

外部リンク

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