能戸輝夢
From Wikipedia, the free encyclopedia
中学3年の頃、通っていた学校に明秀日立高野球部の金沢成奉監督が訪れ、「一緒に甲子園へ行こう」と言われたことをきっかけに同校への進学を決めた。
明秀日立高校では投手と野手の二刀流で活躍。俊足巧打が魅力で、持ち前のバットコントロールで広角に長打を放つことができるシュアなバッティングで注目された。2年生の冬に左足首の靭帯を断裂するも、主将としてチームを甲子園に導いた。
2025年ドラフト4位指名で中日ドラゴンズに入団[3]。背番号は67。支配下指名では唯一の高校生となった。(育成指名では2位・石川大峨内野手〈掛川西高〉がいる。)
明秀日立高校の先輩には、同じく中日ドラゴンズに所属する細川成也外野手や、読売ジャイアンツに所属する増田陸内野手がいる。前者については、本人も尊敬する選手の一人として名を挙げており、同じ舞台で共に戦うことを目標としている。
2026年1月18日、春季キャンプの振り分けが発表され、能戸は同じくルーキーである篠崎国忠投手や育成・石川大峨内野手らと共に読谷組(2軍)スタートとなる。
選手としての特徴
- 身長183cm、体重80kgの大型外野手。
- 強肩強打が持ち味。(遠投110mの記録を持つ。)
- 50m走で5秒9という脚力も兼ね備えており、高校時代は一番・右翼で出場することも多いなど、リードオフマンとしての活躍も期待される。
人物
- 3兄弟の次男であり、小中学生の頃は弟と一緒にバッティングセンターに通っていた。
- 中学時代から、地元・北海道で雪道を走るなどして下半身を鍛えたという。
- 憧れの選手として、新庄剛志を挙げている。
詳細情報
背番号
- 67(2026年 - )