ブライト健太

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1999-05-07) 1999年5月7日(26歳)
身長
体重
184 cm
88 kg
ブライト 健太(アドゥ ブライト 健太)
Kenta Bright
中日ドラゴンズ #42
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都足立区[1]
生年月日 (1999-05-07) 1999年5月7日(26歳)
身長
体重
184 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2021年 ドラフト1位
初出場 2023年4月5日
年俸 2200万円(2026年)[2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブライト 健太(ブライト けんた、本名:アドゥ ブライト 健太[3]: Kenta Bright Ado1999年5月7日 - )は、東京都足立区出身[1]プロ野球選手外野手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。

プロ入り前

ガーナ人の父と日本人の母の間に生まれる[4]足立区立弘道第一小学校では柔道をしていたが、6年生のときに軟式野球を始める[1]。中学時代は、足立区立第十一中学校野球部と並行し軟式野球チームの「シニアクラーク」に所属[1]

東京都立葛飾野高等学校へ進学し、一塁手のレギュラーに定着。高校時代の甲子園出場はなく、最高成績は東東京大会2回戦。3年春は大会直前に右足首靱帯を損傷したものの、日本大学第三高等学校戦ではベンチ入りし、コールド負け直前に代打として左足だけで内野安打を放った[5]。3年夏は初戦(2回戦)で立正大学付属立正高等学校に敗れた[6]

高校卒業後、上武大学に進学。1学年上に古川裕大吉野光樹佐藤蓮がいた[7][8]。3年秋までは控えだったが、4年春のリーグ戦から外野手のレギュラーに定着。打率.383、3本塁打、12打点の成績を記録し、最高殊勲選手賞を受賞した[4][1]。2021年6月に行われた全日本大学野球選手権大会では2本塁打を記録し、チームのベスト4進出に貢献した[9][1]。2021年9月24日、プロ志望届を提出[10]

2021年10月11日のドラフト会議にて、中日ドラゴンズから単独1位指名を受ける。同年12月7日、契約金1億円、年俸1600万円で契約合意した(金額は推定)[11]。担当スカウトは正津英志[12]。背番号は42[13]。これは、自身が憧れるジャッキー・ロビンソンの背番号にちなむ[14]

中日時代

2022年は、春季キャンプ中の2月に左手首の違和感、3月に右肩痛、4月に左足の肉離れを起こすなど故障が相次ぐ[15][16][17]。一軍出場はなく、二軍では46試合の出場で打率.211、3本塁打、10打点の成績だった[18]。8月1日、鵜飼航丞の代替選手として「野球伝来150年 プロアマ記念試合」のU23NPB選抜に選出された[19]。11月20日、200万円減となる推定年俸1400万円で契約を更改した[18]

2023年は、2月の二軍キャンプにおける練習試合で2試合連続2本塁打を放つなどして[20]自身初となる開幕一軍を手にする[21]。4月27日の広島戦(マツダ)でプロ初安打を放つも[22]、5月1日に登録抹消[23]。5月27日に一軍に再合流すると[24]、5月30日の福岡ソフトバンクホークス戦(PayPayドーム)でプロ初打点を挙げる[25]。7月開催のフレッシュオールスターゲームへ出場予定だったが、左手骨挫傷で辞退[26]。9月に再度復帰し[27]、最終的に一軍で33試合に出場し打率.241、4打点の成績を残す。オフとなる11月19日、50万円減の年俸1350万円で契約を更改した(金額は推定)[28]

2024年、8月24日の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)において、7回に代打で登場すると、井上温大からプロ初本塁打を記録した[29]。この年は一軍で年間打率.239の成績だったものの、代打では30打席で打率.320、2本塁打、3打点、出塁率.433と好成績を残し、本塁打と打点を全て代打で記録した[30]。オフとなる11月14日に現状維持となる推定年俸1350万円で契約を更改した。また、中田翔の自主トレに参加することも明かした[31]

2025年、主に代打として自己最多となる83試合に出場。8月には月間打率.405を記録するなど、確かな成長を示した。また、オフには応援歌が作成された。

選手としての特徴

50m走5.8秒という俊足に加え、遠投100mの強肩、高校通算38本塁打のパンチ力を兼ね備えた大型選手[32]

人物

NPB登録名は「ブライト 健太」であるが、本名は名前の最初に英語で「騒ぎ」を意味する「アドゥ」がついており[3]、ドラフト指名時点では「アドゥ ブライト 健太」と表記されていた[33]

実家では日本語と英語が入り交じった会話であるため、両方を聴き取ることができる。しかし、英語を話すことはできない[5]

高校進学の際に地元から離れた野球の強豪校を選ばず、都立高校に進学した。その理由を「地元と仲間が好きで、足立区から出るという考えにならなかったこと」および「肩を痛めていたこと」とし、「当時は野球をやめることも考えており、特待生の話を断っていた」と明かしている[1]

ドラフト1巡目指名されたアフリカ系選手としては、2015年のオコエ瑠偉に次ぐ史上2人目となり、セ・リーグでは初。

目標とする選手は塩見泰隆[34]

2023年12月18日、大学4年から交際していた高校の同級生と同年6月5日に結婚していたことを発表した[35]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2023 中日 3368586140201842030611200.241.323.310.633
2024 3551463110021730000500160.239.314.370.683
2025 8315713917361023592002201303403.259.335.424.760
通算:3年 15127624326611045942722502414763.251.328.387.715
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績



外野












2023 中日 14241001.000
2024 870001.000
2025 34453001.000
通算 56764001.000
  • 2025年度シーズン終了時

記録

初記録

背番号

  • 42(2022年[13] - )

代表歴

  • U-23 NPB選抜 対 大学・社会人選抜:NPB代表

脚注

関連項目

外部リンク

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