橋本侑樹 (野球)

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1998-01-08) 1998年1月8日(28歳)
身長
体重
180 cm
80 kg
橋本 侑樹
中日ドラゴンズ #13
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福井県大飯郡高浜町[1]
生年月日 (1998-01-08) 1998年1月8日(28歳)
身長
体重
180 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2019年 ドラフト2位
初出場 2020年6月20日
年俸 3900万円(2026年)[2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

橋本 侑樹(はしもと ゆうき、1998年1月8日 - )は、福井県大飯郡高浜町出身のプロ野球選手投手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。

プロ入り前

高浜町立高浜小学校3年生の時から野球を始めた[3]高浜町立高浜中学校時代は若狭高浜ボーイズで活躍した。高校は岐阜県大垣日本大学高等学校に在学していた若狭高浜ボーイズの1年先輩から勧誘を受け、同校へ進学した[1][4]

高校1年の夏には、高校野球岐阜県大会決勝戦で胴上げ投手となり、監督の阪口慶三から賛辞を受けた。試合に集中するあまり、チームメイトがマウンドへ集まるまで、甲子園出場が決定したことに気付かなかった[5]夏の甲子園大会では開幕戦の有田工業高等学校戦で救援登板するも、1回3失点で敗戦投手となった[6][7]。甲子園について橋本は「気付いたらマウンドにいて、気付いたらベンチに下がっていた。頭が真っ白になり、ほとんど覚えていない」と回顧している。敗戦投手となったことを「やらかしたとは思ったが、県大会決勝を抑えたのは自分」との自負があった旨を述懐した[8]

進学した大阪商業大学では1年春からリーグ戦に出場し、3年の秋季リーグでは最優秀防御率賞を獲得[9]。4年秋の京都産業大学戦でリーグとして9年ぶり9人目となるノーヒットノーランを達成[10][11]するなど、大西広樹と2枚看板として活躍。担当記者クラブ賞と特別賞を獲得した[12]。大学時代の2学年先輩に日下部光、同期には大西広樹、小野寺暖がいる。

2019年10月17日に行われたドラフト会議では、中日ドラゴンズから2位指名を受け[13][14]、11月27日に契約金8000万円、年俸1200万円(金額は推定)で仮契約を結んだ[15]。背番号はかつて岩瀬仁紀が使用していた13[16]。高校のチームメイトには滝野要がおり、滝野とは大学とプロでもチームメイトになった[17]

中日時代

2020年は開幕一軍入りを果たすと[18]、開幕2戦目となった6月20日の対東京ヤクルトスワローズ戦(神宮球場)で5回裏にプロ初登板し、1回を無安打無失点に抑えた[19]。だが、その後は11試合の登板で防御率6.14と結果を残せず、8月3日に二軍に降格した[20]。その後、9月29日に一軍に復帰した[21]が、10月17日に再度二軍降格[22]。この年は14試合に登板し、0勝0敗、防御率7.41という成績だった[3]。オフの12月2日に150万円減となる推定年俸1050万円で契約更改[23]

2021年は、5月27日の福岡ソフトバンクホークス戦(バンテリンドーム ナゴヤ)で初ホールドを記録した[24]セ・パ交流戦では栗原陵矢近藤健介吉田正尚パ・リーグの強打者から三振を奪った[25]ほか、奪三振率は9.45に達するなど能力の片鱗を見せつけた[26]が、後半戦は二軍暮らしが続いた[26][27]。同年は28試合に登板し、0勝0敗1ホールド、防御率3.71という成績だった[26][28]。オフの11月16日に300万円増となる推定年俸1350万円で契約更改[28]

2022年は前日の試合で負傷降板した岩嵜翔に代わり、3月27日に一軍昇格[29]。同日の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)では1回無失点に抑えた[30]ものの、3月30日の横浜DeNAベイスターズ戦(バンテリンドーム ナゴヤ)では1回3失点[31]の内容で、翌日登録抹消された[32]。6月下旬以降二軍で先発として調整・登板を続け[33][34]、8月14日の阪神タイガース戦(京セラドーム大阪)でプロ初先発[35][36]。4回までは無失点に抑えていたが、5回裏に山本泰寛の中犠飛とメル・ロハス・ジュニアの左越3点本塁打で同点に追いつかれ[35]、5回4失点で降板[36]。結局、同年シーズンもプロ初勝利はお預けに終わった。11月20日、250万円減となる推定年俸1100万円で契約を更改した[37]

2023年は3月に救援に再転向し、開幕を二軍で迎えたものの、4月11日に一軍に合流した[38]。10試合連続無失点を記録していたが、5月30日のソフトバンク戦(PayPayドーム)で2番手として登板した際に一死も取れないまま三者連続死球を与えるなどして降板し、その後一軍登録を抹消された[39]。9月18日に再び一軍登録を受けると[40]、同月21日のヤクルト戦(神宮球場)で2番手として登板した後に味方が逆転したため、プロ初勝利を挙げた[41]。最終的にシーズンは13試合に登板し、防御率は1.17を記録した。オフの11月10日に、100万円増の推定年俸1200万円で契約更改した[42]

2024年は開幕一軍入りし[43]、中継ぎとして27試合に登板して、2勝4ホールドを記録していたが[44]、6月29日のDeNA戦で打球を捕球しようとした際に左手を負傷し降板した。翌30日に左環指末節骨骨折と診断され、登録を抹消された[45]。7月13日の二軍戦で復帰登板すると[46]、翌14日に一軍登録され[47]、同日の阪神戦で一軍復帰を果たした[48]。同年は自身最多となる47試合に登板し、3勝1敗5ホールド、防御率1.73を記録[49]。11月21日、1500万円増となる推定年俸2700万円で契約を更改した[49]

2025年は、3月に開催されたラグザス侍ジャパンシリーズ2025のオランダ代表戦(強化試合)に日本代表として初選出される。

選手としての特徴

直球の最速は、2023年の二軍で記録した155km/h[50]

人物

2021年1月22日に中学校時代の同級生の一般女性と結婚した[3]

兄の幸樹も野球選手で、現在は北海道ベースボールリーグの富良野ブルーリッジに所属している。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2020 中日 1400000000----8017.02031301131015147.411.94
2021 2800000001----11226.2260811280011113.711.28
2022 410000000----398.1122303500999.721.80
2023 13000010001.0006415.1901003910221.171.24
2024 4700003105.75022552.04602202540019101.731.31
2025 42000023012.40016740.03831221402016153.381.25
通算:6年 148100064018.600687159.11518683111494072613.451.37
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績



投手












2020 中日 1401001.000
2021 2815001.000
2022 401001.000
2023 1312001.000
2024 4761311.950
2025 4214001.000
通算 14892611.972
  • 2025年度シーズン終了時

記録

初記録
投手記録
打撃記録
その他の記録

背番号

  • 13(2020年 - )

登場曲

  • 「爆勝宣言 -2003 Original New Version-(橋本真也入場テーマ曲)」鈴木修(2020年 - )[60][61]

脚注

関連項目

外部リンク

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