津田啓史

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2002-11-23) 2002年11月23日(23歳)
身長
体重
181 cm
88 kg
津田 啓史
中日ドラゴンズ #207
2024年3月27日 ちゅ~るスタジアム清水にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 熊本県熊本市東区
生年月日 (2002-11-23) 2002年11月23日(23歳)
身長
体重
181 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手
プロ入り 2023年 ドラフト2位[1]
初出場 2025年6月12日
年俸 420万円(2026年)[2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

津田 啓史(つだ けいし、2002年11月23日[3] - )は、熊本県熊本市東区出身のプロ野球選手内野手育成選手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。

プロ入り前

小学校5年時に熊本市立長嶺小学校へ転校し、それに伴い中島サンダースに所属した[4]熊本市立長嶺中学校[5][6]時代は熊本中央ボーイズでプレー[1]。陸上部にも在籍していて、中学3年生の時には110メートル障害ハードルで県大会優勝を果たした[1]。小・中学生時代のチームメイトに桑原秀侍がいる[4]

父が熊本県立熊本工業高等学校の出身で同校の野球部長であったことから「熊本工で甲子園を目指す」ことを考えていたが、中学3年生の時にボーイズ日本代表で世界一になった経験から「県外で野球がしてみたい」と考え、横浜高等学校へ進学した[3]。高校時代は1年秋から遊撃でレギュラーとして活躍[7]。2年生の春には第91回選抜高等学校野球大会に「2番・遊撃手」で先発出場した[8]。3年夏の神奈川県大会では準々決勝に進出するも、三浦学苑に6-7で敗れた。同学年に度会隆輝[9]松本隆之介木下幹也[4]庄子雄大、1学年上に及川雅貴、2学年上に万波中正土生翔太がいた。

高校卒業後は三菱重工業へ入社し、同社のEast硬式野球部でプレー。2年目秋からレギュラーとなった[1]。2023年、第64回JABA長野県知事旗争奪野球大会に先発出場し優勝に貢献。同年のドラフト会議にて、中日ドラゴンズから2位指名を受け、11月29日に契約金7000万円、年俸1200万円で仮契約を結んだ(金額は推定)[10]。背番号は27[11]

中日時代

1年目の2024年は、春季キャンプ中に右肩を痛めて途中離脱し、一軍出場なくシーズンを終えた[12]。二軍では80試合に出場し、打率.234、13打点を記録した[12]。11月6日に200万円減となる推定年俸1000万円で契約を更改した[12]

2025年6月12日、負傷の高橋周平に代わって出場選手登録され[13]、同日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(楽天モバイルパーク宮城)でプロ初出場を果たした[14]が、2試合の出場のみで同月19日に登録抹消された[15]。8月12日に再登録されるも、3試合の出場で同月27日に登録を抹消された[16]。以降は一軍での出場が無く、3打席で3三振という打撃成績だった[17]。二軍では89試合に出場して、打率.229、1本塁打、3打点という成績であった[18]。10月27日、球団より戦力外通告を受け、育成選手としての再契約を打診された[17]。11月23日に580万円減の推定年俸420万円で契約を更改し、育成契約を結んだ[18]。背番号は207に変更された[19]

選手としての特徴・人物

50m走で6.0秒を記録する俊足と、遠投120mの強肩が持ち味[20]

自身が目指すべき存在として、同郷出身の荒木雅博を挙げている[21]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2025 中日 5330000000000000030.000.000.000.000
通算:1年 5330000000000000030.000.000.000.000
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績



二塁遊撃
























2025 中日 110001.000201001.000
通算 110001.000201001.000
  • 2025年度シーズン終了時

記録

初記録

背番号

  • 27(2024年[11] - 2025年)
  • 207(2026年[19] - )

脚注

関連項目

外部リンク

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