落葉集 (辞典)
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序によれば、従来の辞典には漢字の音と訓の片方しか示さないものが多いので、音訓を常にならべて示すように編纂された。
序に「落索を拾ひあつめ」「色葉集の跡を追ひ」とあり、『落葉集』の名はここから来ている[1]。「落索」うんぬんは、既存の辞書だけでなく、それに漏れた熟字を拾ったことを意味し、熟字が多数採録されている[2]。
字音のいろは順で引く「落葉集」本篇、和訓のいろは順で引く「色葉字集」、漢字の部首順で引く「小玉篇」から構成され、それぞれが互いに補いあうことを意図して作られている[3]。
『節用集』と『倭玉篇』をひとつの本にあわせ、また『節用集』を字の音と訓によって2つに分けたという点で画期的な著書である[4]。
キリシタン版の書物の多くはキリスト教の禁制された江戸時代には禁止されたが、『落葉集』は禁制中も日本で行われ、カール・ツンベルク『日本紀行』の中に1776年に江戸で見たことが言及されている[5][6]。
構成
『落葉集』にはラテン語で書かれた表紙(『RACVYOXV』と題する)がついているが、それ以外はすべて和字(漢字と平仮名)で印刷されている。漢字は行草体で、仮名に濁点と半濁点が使用されているところに特徴がある[7]。『落葉集』は半濁点を使用した最初の印刷物といわれるが[8]、一部おかしな所についているものがある[9]。
前後2篇に分かれる。前篇は序、「落葉集」の本体(「落葉集本篇」と称される)と、「色葉字集」からなる。後篇は「小玉篇」とその目録からなる。
「落葉集本篇」は62葉からなり、字音のいろは順に漢字が並べられる。ただし、「ゐ・お・え」は「い・を・ゑ」に統合されているため、44字になっている。各字の後ろにはその字ではじまる熟字を羅列する。右に字音を、左に和訓をいずれも平仮名で記す。同じ仮名ではじまるものは、清音を先、濁音を後に記し、2字以上の仮名からなる語はポルトガル式ローマ字つづりのアルファベット順に配列する傾向が見られるが、揺れも多い。だいたい「わ」のあたりからアルファベット順が確立するが、不統一なところも見られる[10]。森田武によると、母字は1672、熟字11,823がある[7]。熟字の数は古辞書のうちで抜群に多い[8]。本篇の後に数字(一から十まで、廿、卅、百、千、万、億)および大字を羅列している。
「色葉字集」は23葉からなり、和訓のいろは順に漢字が並べられ、字の右に訓、左に音、下にほかの訓を、いずれも平仮名で記す。同じ仮名ではじまるものは、漢字1字の語を先に、2字以上の熟字を後に配列する。同じ仮名ではじまる文字は、単字のものは部首により、熟字は節用集のように意味に従って配列しようとした形跡がある[11]。ラ行音ではじまる訓は存在しない。最後に「百官并唐名之大概」、「日本六十余州」(国尽)が付属する(4葉)。
「小玉篇」は目録2葉、本文17葉からなり、部首順に漢字を並べて、字の左に訓、右に音、下にそれ以外の訓を並べている。「小玉篇」という題は『倭玉篇』に由来するが、『倭玉篇』とは必ずしも似ていない。独自の105部首(ただし24は欠番、最終105は「類少字」と称して他の部首に属しないものをまとめている)を立てている。各部首の名称が平仮名で記されている。類少字の後に「十干之異名・十二支之異名」が続く。本来の部首とは無関係に、行草体で類似した字体の一部をもつものを並べている。またひとつの文字が複数の部首に重出することがあり、たとえば「窺」は「穴・矢・見」の3つの部首に重出する[12]。山田俊雄は複数の訓を記した字について、「落葉集本篇」の大部分は左の訓を使っていることを明らかにし、これがその字の「定訓」というべきものであるとした[13]。