陳俊秀
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| 中信兄弟 #29 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 花蓮県玉里鎮 |
| 生年月日 | 1988年11月1日(37歳) |
| 身長 体重 |
183 cm 97 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 一塁手 |
| プロ入り | 2007年 アマチュアFA |
| 初出場 | 2014年7月30日 |
| 年俸 | 月給80万台湾元(2021年) |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| プレミア12 | 2015年、2019年 |
この表について
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| 陳 俊秀 | |
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| 各種表記 | |
| 繁体字: | 陳 俊秀 |
| 簡体字: | 陈 俊秀 |
| 拼音: | Chén Jùnxiù |
| 注音符号: | ㄔㄣˊㄐㄩㄣˋㄒㄧㄡˋ |
| 和名表記: | ちん しゅんしゅう |
| 発音転記: | チェン・ジュンショー |
| 英語名: | Chen Chun-Hsiu |
アミ族の出身。2007年にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約。もともとは投手だったが捕手に転向する。
2010年には自国で開催されたIBAFインターコンチネンタルカップと広州アジア競技大会にチャイニーズタイペイ代表として出場。
2011年にAA級アクロン・エアロズに昇格し、113試合の出場で打率.262、リーグ11位の16本塁打、OPS.782の成績を残す。
2012年はアクロンで108試合に出場し、この年から主に一塁手として起用される。
2013年5月にAAA級コロンバス・クリッパーズに初昇格するが94試合の出場で打率.223、9本塁打、OPS.651の成績に終わる。
オフの11月には、台湾で開催された「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」のチャイニーズタイペイ代表に選出された[1]。
2014年に自由契約となり、独立リーグ・アメリカン・アソシエーションのウィチタ・ウィングナッツで6試合プレーした後、この年から発足した台湾のポップコーンリーグでプレー。6月に中華職業棒球大聯盟全球団からドラフト1位指名を受け、Lamigoモンキーズに入団。
2015年9月30日に、2015 WBSCプレミア12 チャイニーズタイペイ代表に選出された事が発表された[2]。
2016年開幕前の1月29日に「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」のチャイニーズタイペイ代表27名に選出されたことが発表された[3]。3月3日に怪我のため辞退したことが発表された[4]。
2017年は台湾シリーズで7打席連続安打をマークするなど打率.714、4打点を記録し[5]、同シリーズの最優秀選手に選ばれた[6]。
2018年は104試合に出場し、リーグ最高の打率.375をマークし首位打者に輝いた。また最優秀選手、ベストナインも受賞した[7]。台湾シリーズでは打率.500、11安打を記録し2年連続となる同シリーズの最優秀選手に輝いた[8]。オフには「ENEOS 侍ジャパンシリーズ2018」のチャイニーズタイペイ代表に選出され、3番・一塁手で出場し高梨雄平からホームランを放った[9]。
2019年はシーズンオフに2019 WBSCプレミア12 チャイニーズタイペイ代表に選出された[10]。同大会の韓国戦では7回表に駄目押しとなる3ランホームランを放った[11]。
2021年は3月17日の統一ライオンズ戦で足を痛め、同月19日に二軍へ降格した[12]。4月7日に一軍復帰を果たした[13]。上半季はリーグ唯一の打率4割越えで終えた[14]。2015年からの極端な「打高投低」が是正された2021年シーズン[15]において、9月7日まで打率4割を維持していたことは、リーグ平均打率が3割に満たないCPBL史上において、非常に稀な偉業である[16]。