1966-1967シーズンのNBA
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| 1966-1967シーズンのNBA | ||
|---|---|---|
| フィラデルフィア・76ers | ||
| 期間 | 1965年10月15日-1966年4月24日 | |
| TV 放送 | ABC | |
| 観客動員数 | 2,552,930人 | |
| ドラフト | ||
| レギュラーシーズン | ||
| トップシード | フィラデルフィア・76ers | |
| MVP | ウィルト・チェンバレン | |
| スタッツリーダー | ||
| 得点 | ウィルト・チェンバレン | |
| プレーオフ | ||
| イースタン 優勝 | フィラデルフィア・76ers | |
| ボストン・セルティックス | ||
| ファイナル | ||
| チャンピオン |
フィラデルフィア・76ers | |
1966-1967シーズンのNBAは、NBAの21回目のシーズンである。シーズンは1966年10月15日に始まり、1967年4月24日に全日程が終了した。
ドラフト
この年から地域ドラフト(Territorial pick)が廃止される。ドラフトではカジー・ラッセルが、ニューヨーク・ニックスから全体1位指名を受けた。他にデイブ・ビン、クライド・リー、ルー・ハドソン、ジャック・マリンらが指名を受けている。
その他
- 新たにシカゴ・ブルズが加盟し、チーム数は10に増えた。ブルズの誕生に伴い、NBA初のエクスパンション・ドラフトが行われ、ジェリー・スローンらがブルズの創設メンバーとなった。またブルズがウエスタン・デビジョンに編入されたことにより、ボルチモア・ブレッツはイースタン・デビジョンに編入された。
- ボストン・セルティックスのビル・ラッセルは、選手兼任のままチームのヘッドコーチに就任した。黒人のヘッドコーチ就任はアメリカ四大メジャースポーツ初。
- 2代目コミッショナーにJ・ウォルター・ケネディが就任。
- レギュラーシーズン80試合が81試合に増加された。
シーズン
オールスター
- 開催日:2月10日
- 開催地:サンフランシスコ
- オールスターゲーム イースト 135-127 ウエスト
- MVP:リック・バリー (サンフランシスコ・ウォリアーズ)
イースタン・デビジョン
| チーム | 勝 | 負 | 勝率 | ゲーム差 |
|---|---|---|---|---|
| フィラデルフィア・76ers | 68 | 13 | .840 | - |
| ボストン・セルティックス | 60 | 21 | .741 | 8 |
| シンシナティ・ロイヤルズ | 39 | 42 | .481 | 29 |
| ニューヨーク・ニックス | 36 | 45 | .444 | 32 |
| ボルチモア・ブレッツ | 20 | 61 | .247 | 48 |
ウエスタン・デビジョン
| チーム | 勝 | 負 | 勝率 | ゲーム差 |
|---|---|---|---|---|
| サンフランシスコ・ウォリアーズ | 44 | 37 | .543 | - |
| セントルイス・ホークス | 39 | 42 | .481 | 5 |
| ロサンゼルス・レイカーズ | 36 | 45 | .444 | 8 |
| シカゴ・ブルズ | 33 | 48 | .407 | 11 |
| デトロイト・ピストンズ | 30 | 51 | .370 | 14 |
スタッツリーダー
| 部門 | 選手 | チーム | 記録 |
|---|---|---|---|
| 得点 | リック・バリー | サンフランシスコ・ウォリアーズ | 2,775 |
| リバウンド | ウィルト・チェンバレン | フィラデルフィア・76ers | 1,957 |
| アシスト | ガイ・ロジャーズ | シカゴ・ブルズ | 908 |
| FG% | ウィルト・チェンバレン | フィラデルフィア・76ers | 68.3 |
| FT% | エイドリアン・スミス | シンシナティ・ロイヤルズ | 90.3 |
※1969-70シーズン以前はアベレージよりも通算でスタッツリーダーが決められていた。
各賞
- All-NBA First Team:
- All-NBA Rookie Team:
シーズン概要
- フィラデルフィア・76ersが当時のNBA記録となる68勝を記録。前半の40試合では37勝3敗と驚異的な勝率を誇った。どうしてもボストン・セルティックスに勝てない76ersは、新たにアレックス・ハナムをヘッドコーチとして迎え入れた。ハナムはウィルト・チェンバレン一人に頼るオフェンスを改めさせ、得点を分散させる方針を採った。これによりNBAデビュー以来7シーズン連続で得点王を獲得してきたチェンバレンの得点アベレージは初めて30得点を下回り、24.1得点という成績だった。しかしシュート回数をパスに回した分、アシスト数は急上昇し、このシーズンは平均7.8アシストでリーグ3位を記録し、MVPも2年連続で受賞した。チームも前季二桁得点は4選手だったのに対し、このシーズンは6選手まで増え、チーム全体では前季の平均117.3得点から平均125.1得点とオフェンス力が大きく向上した。
- 初の黒人ヘッドコーチに率いられる王者ボストン・セルティックスは、一部からチームの白人選手たちがビル・ラッセルの指導のもとでプレイできるか疑問視されていたが、セルティックスは前季を上回る60勝を記録して周囲の不安を払拭し、そしてラッセルは選手としてもリバウンドでリーグ3位に入るなどチームの大黒柱として活躍した。
- チェンバレンが去り成績が大きく落ち込んでいたサンフランシスコ・ウォリアーズは、リック・バリーがチェンバレンから得点王の座を奪う活躍を見せ、またネイト・サーモンドもチェンバレンにかわる新たなスターとして存在感を示し、チェンバレンが去って以来のデビジョン優勝を飾った。
- ニューヨーク・ニックスは7年ぶりにプレーオフに進出。シカゴ・ブルズも創設1年目にしてプレーオフに進出した。
- シーズン中の2月1日、ABAが創設される。