エイシンオスマン
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| エイシンオスマン | ||||||
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京都競馬場(2014年2月16日) | ||||||
| 欧字表記 | Eishin Osman[1] | |||||
| 品種 | サラブレッド[1] | |||||
| 性別 | 牡[1] | |||||
| 毛色 | 鹿毛[1] | |||||
| 生誕 | 2008年4月29日(18歳)[1] | |||||
| 抹消日 | 2015年5月14日[2] | |||||
| 父 | ロックオブジブラルタル[1] | |||||
| 母 | ゲルニカ[1] | |||||
| 母の父 | Luhuk[1] | |||||
| 生国 |
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| 生産者 | (有)ノーザンレーシング[1] | |||||
| 馬主 |
平井豊光 →(株)栄進堂[1] | |||||
| 調教師 |
松永昌博(栗東) →坂口正則(栗東)[1] | |||||
| 競走成績 | ||||||
| 生涯成績 |
20戦5勝[1] 平地:18戦3勝 障害:2戦2勝 | |||||
| 獲得賞金 |
1億1045万6000円[1] 平地:9145万6000円 障害:1900万円 | |||||
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エイシンオスマン(欧字名:Eishin Osman、2008年4月29日 - )は、日本の競走馬。主な勝ち鞍は2011年のニュージーランドトロフィー。
2010年のJRAブリーズアップセールにて、平井豊光に税込み3150万円で落札された[1]。6月20日、阪神競馬場第4レースの2歳新馬戦(芝1600m)で、岩田康誠を背にデビューし、のちの秋華賞馬であるアヴェンチュラの2着。3週間後、再び岩田とのコンビで挑んだ同会場・同距離の2歳未勝利戦で初勝利を収めた。重賞初挑戦で出走した10月のデイリー杯2歳ステークスは9着に敗れる。年末の条件戦で2勝目を挙げた。
3歳シーズンは3月のスプリングステークスより始動し5着。翌月のニュージーランドトロフィーは単勝12番人気の低評価ながら、好位2番手から直線で抜け出し重賞初優勝を飾った[3]。GI初挑戦で出走した皐月賞は果敢に逃げを打つも、直線で失速し8着に敗れた。翌5月のNHKマイルカップはフォーエバーマークの番手で粘って4着に好走したが、レース後長期休養に入った。この休養期間中に松永昌博厩舎から坂口正則厩舎に転厩。
4歳シーズンは全休し、5歳となった2013年3月のオープン・東風ステークスで約1年10か月ぶりにレースに復帰(結果は15着)。以降もオープン戦を連戦するが、全て二桁順位の惨敗に終わった。
6歳シーズンから陣営は障害路線への転向を決断。シーズン初戦の京都競馬場・障害4歳以上未勝利戦は9番人気と期待されていなかったが、スタート直後にハナを奪うとそのまま逃げ切り、ニュージーランドトロフィー以来2年10か月ぶりの勝利を収めた。次走の障害オープン戦も勝利したが、再度長期休養に入った。
結局レース復帰は叶わず、最後のレースから約1年2か月が経過した2015年5月14日付で競走馬登録を抹消され引退した[4]。